さくらー図書館の怪異と紙人形2
『春夏秋冬 花を思ひて 過ごしけり
空より君の 春を見まもる』
紙人形にやどった思いが、この歌を探していた。
歌を作った人なんだろうか。
「何で、男性ってわかるの?」
「『花を思ひて』ってあるだろう、男相手に『花』は使わない。たぶん意味は……」
律くんの長い指が紙を撫でた。
「一年中、君を思って過ごしてきた……君を愛していた。
空から君の春……未来を見守っている」
ドキリとした。
律くんの口を借りた言葉が、胸に刺さる。
おじいちゃんの言葉とも重なる。
もし、この歌を作った人が亡くなっていたとして、残された人は読んだのだろうか。
この紙は、本の間にあって、人形は探していた。
きっと、誰かに読んでほしくて。
でも、名前が書いてあるわけじゃないし。
送り主も、相手も分からない。
私は、律くんに事の経緯を説明した。
いつもどおり、この突飛な話に付き合ってくれる律くんすごいと思う。
「律くん、他にこの歌で分かることないのかな。作った人の名前とか」
律くんは、首を傾げた。
「う~ん。割と新しい作りだと思うけど。そうだなあ……」
律くんがスマホで検索してくれたけど、同じ歌は見つからなかった。
「あとは、春……花……まあ、桜だろうけど。桜を一緒に見たことがあるとか」
「何で、花は桜なの? タンポポとかチューリップとか、たくさんあるでしょう?」
「文学では、だいたいそうなんだよ。昔から、日本で花っていえば桜」
「そうなんだ……」
そういえば、うちの”真秀羽神社”の御祭神は”木花咲弥姫命 ” 。
”この花”は、桜のことだっておじいちゃんに聞いたから、やっぱり「花は桜」っていう律くんの話は正しいんだなあ。
……だからと言って、何も分からないけど。
お花見したことがない人の方が少ないだろうし。
考えあぐねていたら、目の前を図書館職員の女性が書架を押しながら通った。
たぶん、30歳代前半。
紙人形が、慌てるように、ハタハタした。
目で彼女を追うと、同僚の人が彼女に話し掛けた。
「さくらさん」
(さくらさん……? もしかして……? )
紙人形をもって、彼女のそばに寄った。
紙人形は、やっぱり彼女に近づくと、呼びかけるように両手を動かす。
(お話しなければ……)
そう、思ったけど。
お仕事中の初対面の人に、声を掛ける勇気がなかった。
「紙人形が動いて探しました」なんて言えないよねえ……。
短歌と紙人形は、結局、ファイルに挟んで、家に持ち帰った。
紙人形の、あのけなげな姿を思い出す。
口も目もない。話せもしない。何も動かせない。
でも私を導いてくれた。
私が、この歌を残された立場だったら……?
想像するのも悲しいけど、たぶん、絶対、知りたい。
◇
次の日、律くんを誘ってもう一度図書館へ。
さくらさんと呼ばれていた女性は、出口付近の目立たない場所で、展示本の入れ替えをしているようだった。
今しかない。
緊張しながら、思い切って声を掛けた。変な子だと思われたくないなあ。喉がカラカラする。
「あの……すみません」
「はい?」
彼女が振り向いた。清楚で落ち着いた雰囲気の人。
「私、桜坂まほろと言います。高校生で……えっと……さくらさんですか?」
「え? そうです。谷さくら。ここには同じ苗字の方がいるので、下の名前で呼ばれています」
「そうなんですね…えっと……あの……」
声を掛けたものの、どう説明しようか迷っていた。
さくらさんは、不思議そうな顔で、私の顔を見ていた。
しばらくして私の手元の紙人形に気付いて「あ、これは……」と言った。
「これ、どこで……?」
彼女の表情が崩れる。
「昨日ここで、見つけました。覚えがありますか?」
私が尋ねると、さくらさんは、頷いた。
「これ、昔の恋人が、作っていたしおりなの。こうやって、挟むと……」
彼女が、私から受け取った紙人形を、本の上から挟み込んだ。
すると、人形が両手でページを押さえて、本から頭を出しているように見える。
「オリジナルだって、よく作ってたわ。私たちは、大学の文芸部で出会って。
よくここで私の仕事が終わるまで、待ってくれた……」
遠くを見るようにしていた、さくらさんの目が潤んだ。
「亡くなったんですか?」
「ええ、病気で。結婚も考えていて。もう8年も前なのに、私はまだ……」
そうなんだ……。だから……。だから……。
私は、本の間から見つけた短歌の紙を差し出した。
『春夏秋冬 花を思ひて 過ごしけり
空より君の 春を見まもる』
「これ……彼の字だわ……」
さくらさんは、指先でなぞるようにそっと紙を撫でた。
「確かに、よくここで短歌をつくっていたの。恥ずかしがって見せてくれなかったけど」
さくらさんの目から、はらはらと涙が零れる。
私は、彼女が手にしている本からちょこんと顔を出している、紙人形を指した。
「この子が、あなたに見せたかったみたいです。私、神主の家系で、ちょっとだけ、分かるんです」
「そう……」
彼女は、愛しそうに紙人形と短歌を見比べた。
「そうね……私は、まだ春に咲く努力をしないといけないわ……。ありがとう」
さくらさんは、頬を濡らしたまま、花のように微笑んだ。
そんな彼女を、律くんは黙って見つめていた。
♢
律くんと帰りながら、私は言った。
「男性は、恋人を残して、早くに亡くなるなんて、さぞ心残りで辛かったよね」
その思いを宿した、紙人形。
どうして、短歌が本に挟まったままだったのかは、分からないけれど。
彼女にメッセージが伝わって、喜んでくれているといいな。
「……残されるのと、残すのとどっちが、辛いかな」
律くんがポツリと言った。
「え……?」
「……寺では、毎日、死に関わる。亡くなった人は『極楽浄土』にいるそうだ。確かめられないけど」
律くんが、苦しそうに息を吸い、ため息のように大きく吐いた。
「……俺は自分が死ぬより、大切な人を失う方が、ずっと怖い。
俺が……あの女性の立場なら、二度と笑えないかもしれない」
律くんは、何かに耐えるような表情で、じっと私を見つめた。
あまり見たことがない表情。
いつも凛々しい律くんが、置き去りにされた幼子のように見えて、抱きしめたくなった。
私も、おじいちゃんを亡くして寂しい。
でも――
十年前に見た、律くんの涙の方が、ずっと深くて、ずっと痛かったのを思い出す。
(あの時からずっと思ってる。
律くんが、もうあんな風に泣かなくていいようにって。
だから私は…
「大丈夫。私は頑張って律くんよりちょっとだけ長生きするから。律くんをひとりにしないよ。約束する」
「……そんなことできるのか?」
律くんの目が、微かに揺れた。
「う~ん。神様にお願いしてみようかな」
『ふざけてる』って笑われるかと思ったんだ。
でも律くんは、少し泣きそうな顔で、静かに頷いた。
「……うん」
御祭神が木花咲弥姫命なだけあって、うちの神社の境内の桜の木は、とても見事なんだ。
毎年、見ているけれど、次はもっと思いを込めて、律くんと一緒に見ようと思った。
そして、その次の年も……ずっと……。
さくら(完)
読んでいただきありがとうございました。




