たまゆら~白狐美女の誘惑③美女の館
私たちは、それぞれ準備してもらった服に着替えた。
着物のような、中国衣装のような、不思議なデザイン。
私は、ひだのある袴のような桃色のスカート。上に重ねる白い着物の袖は床に付くほど長い。巫女装束の千早にも似ているし、花嫁衣装にも似ている。
律くんも、束帯のような薄青の着物に、白い袴、細い刺繍の帯。舞の衣装のよう。
律くんに色も映えるし、僧衣を着慣れてるからか、所作もきれいで違和感がない。
私たちは、お座敷に通され、女性がお茶を出してくれる。
私達二人はそれぞれ自己紹介をした。
女性は、朧さんと言うらしいけれど、名字なのかな?
「あの……ありがとうございます。このような高価そうな衣装お借りして大丈夫でしょうか?」
私は萎縮して、朧さんに尋ねる。
朧さんは、私たちの向かいに座りふふっと笑った。
「大したもんやあらしまへんえ。どうぞ、お気遣いなさらんといて」
「そうですか……すみません」
改めて見回すと、このお屋敷はやはり新築のように綺麗だった。ほこり一つ落ちていない。今いるお座敷だけでも十二畳はありそうだし、廊下を通ってくる途中にも幾部屋もあった。
でも、朧さん以外の人の気配は全くない。
住居ではなく、何かの施設なのかもしれない。
「お食事、いかがどすえ?」
「あ、いえ、雨が止み次第、お暇しますので」
「無理どすえ」
「はい?」
「雨は止みまへん。ここからは出られまへんえ」
(どういうことだろう?)
朧さんは常に微笑んでいるけれど、冗談といった感じではない。意味がわからない。
朧さんは、すうっと音もなく律くんに近付いた。
「ええ生気を持ってはりますなぁ……少し線香の匂いが混じりますけど」
朧さんが妖艶な色気を漂わせながら律くんの肩に手を掛ける。
胸の谷間を見せつけるようにしながら笑いかける。
真っ赤でつやつやの唇を、律くんの顔に近づけていく。
同性の私でも見ていてドギマギするから、男性は抵抗できないかもしれない。
どうするのかとハラハラしながら見ていたけれど、律くんは眉一つ動かさず、すっと立ち上がった。
「失礼します。帰ろう、まほろ」
そう言って、律くんは、私を外へ促した。
先ほど服を着替えた場所に行く。
衣紋掛けに掛けたはずの服はない。
朧さんが追ってきたので、
「あの……服をお返ししたいのですが」
私が言ったけれど、朧さんは、首を微笑んだまま振った。
「それには及びまへん」
律くんは、少し何か考えて玄関に向かう。
微かな焦りを感じて私も慌てて後を追った。
靴はちゃんとあった。濡れてるけれど気にせず履いて、屋敷を出る。
霧の中、数メートル先に門扉が見えている。門に向かって走る。
雨は相変わらず降っているけれど、気にしている余裕がない。
―――門の外に出た。
……はずだった。
でも、出られなかった。
また門扉の中にいる。
(何で?)
もう一度、進んで門扉をくぐる。
また、玄関前に戻っている。
何度か繰り返す。
朧さんが、玄関に立って笑っている。
「無理どすえ」
律くんは壁沿いに歩き始めた。一通り調べたけれど、他に出口はない。
本当に帰れない。
「出してくれ」
律くんが朧さんに言う。
「にいさん一人やったら出られますえ。……けど」
朧さんが、ゆるりと私を見る。
「その娘さんは無理どすなぁ」
「私……?」
「あんたさんは、心の揺れが大きゅうて……境を越えやすい体質やね。にいさんは、あんたさんを追うて来てしもうたんやけど、本来は、ここに来るようなお人やあらしまへん。霊の気を寄せつけん、えろう澄んだ生気をもってはる。心身もよう鍛えられて、線香の気も深う染みて…… 」
すうっと、律くんに視線を絡める。
「本来なら、うちの結界に弾かれて入れへんお人どす。せやから、出るのはたやすいんやけど。ただ――あんたさんは……出るには、生気が足りまへんのや」
「生気?」
「生気が足りしまへんと……迷いの世は、よう抜けられまへんえ」
朧さんは、口元に手をやり、少し不快そうに体を揺らした。
「おなごの気は、うちには重うてねぇ……」
目が金色に光る。
「男の気は、甘うて軽うて……そら、よう食べられますえ」
うっとりとした様子で、ケケケと笑った朧さんの口から長く赤い舌がちろちろと覗いた。
「……息子なら、あんさんみたいなのが好みやろなあ」
「……息子?」
「しばらくは帰りまへんさかい……気にせんといておくれやす」
気にしないで済むわけがない……。
ここまでお読みいただきありがとうございます。少しでも反応いただけると励みになります。




