たまゆら~白狐美女の誘惑②白い美女
私たち高校生が全力で走ったのに、あんなに小さな子供の足に全く追い付けず、サクちゃんを山の中で見失ってしまった。
「一旦降りて、大人に報告しよう」
律くんが言う。
「そうだよね……昨日から迷子なのかもしれないし」
律くんと山を下る。
ザーッと強い風が吹いて、木が大きく揺れた。
「ギャッー」っと叫び声のような鳥の声がして、ビクッとしてしまう。
バラバラバラ、大きな水滴が落ちて来る。
「雨……? 困ったなあ」
傘もカッパも持ってない。しかも薄着で、寒い。
律くんが、カバンから上着を引っ張り出した。
「これ、防水だから。こういうこともあるかもと思って」
私に差し出す。山に行くって言ったから、あの短時間に準備してたんだ。
すごいなあ、律くん。
「え、でも、律くんは?」
「俺は、大丈夫。まほろ、寒がりだろ」
「律くん……」
何て、優しいんだろう。
「ごめんね、ありがとう。寒くなったら、返すから言ってね」
「ああ」
急いで山道を下る。
「変だな……」
律くんが、足を止める。
確かに、結構歩いているのに、登山口に到達しない。
サクちゃんを追って走ったとはいえ、せいぜい数分のことで、そんなに奥に入った覚えがないのに。昨日は、私たち以外の登山客もたくさんいたけれど、今日は誰も姿が見えない。
今日は土曜なのだから、普通に考えれば人が多いはずなのに。
律くんがスマホを出す。
「繋がらない。さすがに今どきこれくらいの山なら電波届きそうだけど。GPSも駄目だな」
「私のも固まってる」
「まだ迷ったとはいえないから、あそこまで行くか。電波も繋がるかもしれない」
律くんが指す道の先が開けているようで、かなり明るい。
「うん、行こう」
改めて、律くんが一緒に来てくれてよかったと思う。
開けた場所に来た。
「あれ……?」
立ち込める白い霧の中に、連なる白い壁が見えた。
白壁の向こうには、建物の屋根が見える。
寝殿造りの古い家屋のようだけど、新築みたいにきれいだった。
雨が酷くなってきて、門の庇を雨宿りに借りる。しんと静まる山の中。
霧の中を糸のようにふる雨に、光が反射する。幻想的な光景だった。
空を見上げると、昼間の白い月が浮かんでいた。
雨だと言うのにこんなにはっきり見えるなんて、山の異常気象だろうか。
「こんな建物なかったよねえ」
「そうだな」
律くんは雨でかなり濡れてしまった。私は、持っていたハンドタオルで、律くんの服の水分を取ろうとしたけれど難しい。
「大丈夫? ごめんね私が服を借りたから」
「いいよ。雨宿りしてたら乾くだろ」
ギィっと、背後の門が開いた。
振り返ると、この世のものとは思えぬほど美しい女性が立っていた。
二十代前半から半ばだろうか。
真っ白な肌に鮮血のような口紅と、目の縁には赤いアイライン。
長い艶やかな黒髪が、高い位置で複雑に結われていて、白木蓮の螺鈿細工の大きな髪飾りで止まっている。
萩の字模様の白い着物に、真紅の襦袢。
帯は細いものを何本も巻いていて、端が後ろに垂れ下がっている。
背中が大きく開いていて、うなじが色っぽい。
収まりきらないほど豊満な胸が、着物には収まりきらず帯に載っているようにさえ見える。
私は自分の平坦な胸と見比べた。
羨ましい……。
「ご機嫌よう」
女性は、形のよい唇で艶やかに微笑んだ。
「こ、こんにちは、すみません。雨宿りにお借りしていて」
私と律くんが頭を下げる。
「ずいぶん濡れてしもて……さあ、中へお入りやす」
女性は、招くようにすっと腕をあげた。袖口から見える赤い襦袢と細い腕が艶めかしい。
私たちは、少し迷ったけれど、お誘いを受けることにした。




