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よりしろー寂しき憑依(律)

挿絵(By みてみん)

小学生の頃。

神社境内の前で、まほろの祖父さんが穏やかに言った。


「律くんも、願いごとしてごらん」


「……願いごと?」


「神様……君のところは仏様かな。どちらもお優しいから、何でもお願いして大丈夫だよ」


俺は、しばらく考えた。

でもやっぱり何だか、自分が何か望むのはいけない気がして、首を振った。


でも、その後もずっとその話が引っかかっていた。

もし……何でも許されるなら?


ある日の夜、誰もいない寺の境内で、俺はそっと手を合わせた。



その日のまほろは、とてつもなく「変」だった。

晴天の日曜午前中。

爽やかな風が吹く神社の境内で、一心に闇を背負っていた。

俺は「零感」だから、あくまで雰囲気だけど。


中学校時代のジャージに、麦わら帽子のまほろは、ずっと何かブツブツ言いながら、ブチブチと引きちぎるように草むしりをしている。

俺は、その草や落ちてたゴミなんかをゴミ袋に回収する。


いつもなら、「律くん、ありがとう~」なんて、ふにゃふにゃ笑うのに。

今日は、こちらを見もしない。


さすがに、声を掛ける。


「……どうした?」


やはり、こちらを見ない。

八つ当たりのように、両手で草を引きちぎる。


「……何でもないよ」


まほろは、やっと絞り出すように答えた。

麦わら帽子の影が、まほろの顔に落ちていた。


「嘘だ」


断言できる。

十年以上、そばにいて、これほど目が合わないまほろは初めてだ。

いつもは、困るぐらい見てくるのに。


まほろは、観念したように話し出す。


「……お父さんがね……」


「ああ、まほろが小さい時、離婚した?」


「……再婚してて、それはいいんだけど。私の異母弟?

サッカー得意らしくて、熱心な父親としてインタビューされてたんだってテレビで」


少しの間があって、小さく呟いた。


「……私には、一度も会いに来ることもないのに」


「……そうか」


俺には、それしか言えなかった。


「あ……」


まほろが、草むしりの手を止めた。

小さな石の祠が、顔を出していた。

かなり古いものだろう。

高さは30㎝くらいかな。ひび割れて、欠けもある。

生えた苔が、まるで焼け焦げたように黒ずんでいる。

周囲に立札などないか探したけれど、何らかの情報が分かるものは見当たらなかった。


「知らなかった。お祖父ちゃんは大切にお祀りできてたんだろうけど、申し訳なかったな」


まほろが軍手のまま、祠に軽く手を合わせる。


その時、祠からまほろの中に何かが入ったのを、俺は知らなかった。



次の日の朝。

登校のため、まほろを迎えに行く。

神社の石段下が待ち合わせ場所。


昨日の今日で、少し心配していた。


でも、まほろの様子は想像を超えていた。


「律くん、おっはよー!!!」


超ハイテンション。何かのねじが飛んだのだろうか。

そして、まほろは、両手で、俺の腕にギュウっとしがみついた。


「!!!!」


まほろの体の形が、制服越しにダイレクトに伝わる。

全身の血が、一瞬で沸騰するかと思った。

焦って腕を引き抜こうとすると、まほろが、縋るような目で見上げてくる。


「落ち着くの。だめ……?」


……陥落。


俺の思考は、動きを止めた。


その後も、まほろの壊れた距離感と格闘し、理性が擦り切れかけてぐったりしたその日の夜。

寺の戸締りをしていると、通用口にまほろが姿を現した。


いつものように髪は縛っていなくて、ほんのり湿っているように見える。

柔らかい素材の服。

部屋着なんだろう。

風呂上がりっぽい。


「どうした……?」


「律くん、泊めて」


「え?」


ドクン! 心臓が跳ねた。


「一緒に寝よう。今日、お母さん出張なの」


子どもの頃、何度かまほろの家に泊まったり、一緒に昼寝したことはあるけど、さすがにこの年では無理すぎる。危険すぎる。


「寂しい……」


まほろが、うるうるしながらべったりくっついてくる。

驚くほど力が強い。必死に体を引き離しながら、問いかける。


「まほろ、一体どうした? おかしいぞ」


「そうかなあ? ねえ、律くんもっと……」


……これは、まずい。

濡れた瞳と唇が、目の前にある。

冷静になるため、頭の中で『正信偈』を必死に唱える。


親鸞上人でさえ、情欲に抗えず悩まれたそうだ。

凡夫の俺に、耐えろと……?


ふと気が付いた。


まほろがおかしくなったのは、あの草むしりの後。


「まほろ、お父さんのこと……」


敢えて避けてたけど、きっかけはこれだろう。

慰めることができたら、少しは戻るかもしれない。


まほろは、すん、と真顔になった。


「お父さん? 養育費も払ってくれないんだって。その分、お母さんもお仕事大変」


「おじいちゃんも死んじゃった……」


ボロボロと泣き出す。


そして、次の瞬間、表情が全くなくなった。

ひやりとした空気が流れる。


「……マッタク、ドイツモコイツモ、人間ハ、スグイナクナリオル。

我ヲ、独リ置キ去リニスルトハ、何ゴトゾ?」



「まほろ?」

その言葉は、まほろの口から出たのに、まほろの声ではないような、暗く、深い、地響きのような音だった。

まほろの体は、グラグラと左右に揺れている。


……救急病院に連れて行くか? いや……こういうのは何科なんだ?


住職の父は、今日は会合で遅い。


すぐ俺にできることは、多くない。

まほろの手を引いて、本堂に入る。


急いで線香をつけ、和袈裟を掛け、仏前に座る。

まほろは、俺に寄りかかるように座っている。

目は虚ろで、焦点が定まっていない。


まほろが、「律くんのお経、落ち着くの」そう言っていたから、それだけが、たのみだった。

読経を始めると、しばらくして、まほろが涙を流し始めた。


さっきの、低い声で「サビシイ、サビシイ……」そう繰り返し呟いている。



俺は、読経しながら、まほろの手を握った。少しひんやりしていた。

何とか、こちらに連れ戻したい。


「……寂しいよ。私と一緒にいたい人、いない……」


今度は、まほろ自身の声。

ボロボロと両目から涙が零れる。

幼い頃のまほろの姿が重なった。


「俺は、子どもの頃から、ずっと……まほろのそばにいたいと思ってる。生きてる間も……その先も」


----あの日、本堂で願った。


線香の煙が、大きく揺らめいた。


「律くん……」


まほろが、両手で縋りついてくる。

泣き止むまで、その背中を撫で続けた。



次の日の早朝。

俺は、ひんやりする廊下に座っていた。

半日いろんな汗をかいて、着ていた作務衣がしわしわだ。


カタン、音がして、襖が開く。

布団に寝かせていたまほろが、顔を出した。


「律くん? 私、何でここに?」


戻ったみたいだ。


「何だか、律くん、すごく疲れてる。寝てないの? 大丈夫?」


俺の横に、膝をつくまほろ。


「……まあ、いろいろあって……、一晩で十年分修行した気分」


まほろは、はてなをたくさん浮かべていたけど、俺には、それしか言えなかった。



次の日曜日。

先週、草むしりで出てきたあの祠を、二人で整備することにした。

周囲の草をすべて刈り、石を磨き、お酒とお米を備えた。


「どうかな? おじいちゃんがどんなお祀りしてたか分からないけど…」


「俺、お経あげに来ようかな」


「本当? それはうれしいな! 私も、もっと祝詞練習しようかな」


笑顔のまほろ。

木漏れ日の中、草いきれが漂う。白く小さな花。微かに甘くリンゴのような香りがする。


「これ、まほろのシャンプーの匂いだ……」


思わず呟いた。

握っていた草を、まほろが確かめて言った。


「カモミール? そうだけど、律くん、何で知ってるの? 乾いたらそんなに香りはしないはず」


まほろは、自分の髪を嗅ぐ。


あの夜のこと。

熱をもって忘れられないなんて……とても言えない。


よりしろ 完

ジャンプルーキーで現在2話まで漫画掲載しております。無料で読めますので、読んでいただけると嬉しいです。

https://rookie.shonenjump.com/series/OmkvmYUQTiU

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