けがれー女友達と怪奇現象 2
「まほろ?」
「あ……律くん! 来てくれた!」
律くんは、私たちに異変を感じたみたいで、こちらに走ってくる。
「律くん、黒い手が……」
「黒い手?」
律くんの足元にも薄くうごめくけれど、律くんは視えないし、怯まない。
「ああ、そっか……」
(大丈夫……大丈夫だから……あれは幻想)
自分に言い聞かせる。律くんがいる。ひとりじゃない。
その瞬間、足に絡みついていた冷たい感触が、すっとほどけた。
「大丈夫か? 帰る時間なのに姿が見えないから、変だと思って探してたんだ」
私は返事もできず、真希ちゃんを抱えたまま、その場にへたり込んだ。
◇
私と律くんで、真希ちゃんをベンチに座らせて、自販機で買った暖かいココアを飲ませた。
さっきより、顔色も少し良くなったみたい。
「真希ちゃん、昨日から何か変わったことがあったの?」
そうでもないと、障りがあんなに大きくなった説明がつかない。
「一緒に肝試しに行った子が、昨日また事故に遭ったらしくて……。
私も“次は自分かも”って思ったら、怖くなっちゃって……」
真希ちゃんは、泣きそうな顔をしている。
――――――――――――――――――――
怖い……
――――――――――――――――――――
また声が聞こえる。これは……真希ちゃんの声……。
治まりかけていた障りが、ザワッと真希ちゃんの後ろで揺れる。
……強い恐怖。
真希ちゃんの強い恐怖が、障りを強めている。
『本来の人の力は、障りに負けたりしない』のだとおじいちゃんも言っていた。
だから、障りに対抗する一番の方法は、”強気でいること”だそう。
免疫力が高い人は、ワクチンがなくてもウイルスに負けないことが多い。
きっとそんなイメージ。
さっき、私は弱気になって、恐怖に負けそうになった。
でも律くんが現れた時、光が視えて、恐怖は緩んだ。
(律くんの力かと思ったけど、たぶん、私がホッとしたから……)
私は、律くんを真希ちゃんから少し離れた場所に呼んだ。
「律くん、真希ちゃんの悪霊祓いのために、お寺でお経あげてくれる?」
律くんは、眉をひそめた。
「うち、浄土真宗だし。そもそも仏教は、お祓いしないぞ」
「律くんのお経、とても落ち着くし、私も律くんがいてくれるだけで心強いから!」
私は力説する。
「……仏様の力で人の心を慰めるのは、仏教の本懐だし。それでいいのなら……」
私は、思わず両手で律くんの手を握った。
律くんが、ハッとして、手を凝視する。
驚かせたかなと思って、私は手を放す。
「ありがとう! 後で何かお礼するね」
「べ……別に……大したことじゃないし……」
律くんは、赤い顔で自分の手をしばらく開いたり閉じたりしていた。
◇
私たちは、真希ちゃんと一緒に律くんの家、春光寺に向かった。
真希ちゃんは、お寺にあまり縁がないそうで、少し気後れしているみたいだった。
確かに、私も律くんと幼馴染じゃなかったら、同じ反応になったと思う。
律くんが、布袍に着替えてきてくれた。
真希ちゃんは少し驚いている。制服と全然印象が違うからかな。
私は、真希ちゃんに言った。
「律くんのお経、とても心が落ち着くし、力があるよ。私が保証する」
そして、真希ちゃんの手を握った。
「私たちが、ついてる。安心して」
障りは、こっちが“怖い”って思うほど強くなる。
だから、安心することが、いちばんの薬だって、私は信じている。
真希ちゃんが、深く頷いた。
律くんが輪袈裟を首に掛けて、阿弥陀様の前で読経を始める。
私と真希ちゃんは、律くんの後ろに正座して、手をあわせた。
お線香の香りの中、しっとりと響く律くんの声。
格子窓から差し込む光。
歴史ある本堂は、抜群の舞台装置。
お経が始まって、すぐ、真希ちゃんが顔を上げて、息を飲んだ。
天井の梁の影に、黒い手がうごめいているのが視えた。
真希ちゃんの気持ちが、不安で揺らいでる。
私は、真希ちゃんの手を握った。
読経の邪魔にならないくらいの声で語りかける。
「大丈夫、私たちがついてるから」
真希ちゃんが、静かに頷いた。
読経の流れに乗って、真希ちゃんから障りがふわりと空へと抜けていく。
光に還すように。
本堂の中も明るくなった。さっきの梁の影も見えない。
空気も澄んだ気がする。
お経が終わる頃には、真希ちゃんの顔色はだいぶ良くなっていた。
真希ちゃん自身も「頭が軽くなったよ」と言っていた。
真希ちゃんを見送って、律くんが言った。
「よかったのか? お祓いじゃないけど」
「大丈夫だと思うな。律くんのお陰だよ」
「お経は日課だし。相変わらず、俺には何も視えないし」
確かに、何度も助けられた律くんのお経の効果、視せてあげられたらいいのに。
「……あ、そうだ。律くんにお礼しなきゃ。何か希望ある? 私ができることなら、何でもするよ」
「何でも…………………………」
律くんは、しばらく空中を見上げていた。ボーっとしてる。珍しい。
読経で疲れたのかな?
数分待ったけど、返答がないから、私から提案してみる。
「律くん、ケーキは? ショートケーキ好きだよね。おごるから。ケーキ屋さん行こうか」
ケーキはとても美味しかったしお店も可愛かったのに、律くんは始終ぼんやりしていて、いまひとつ反応が芳しくなかった。
けがれ(完)




