けがれー女友達と怪奇現象 1
律くんの、読経が好き。
誠実で、真剣で、でも優しくて。
律くん自身みたい。
高すぎず、低すぎず、チェロの音色のようだとも思ってたけど、子守歌のようでもある。
波紋のようにお経が満ちて、お線香の香りが漂う境内。
安心して眠れそう。
「まほろ?」
鼻先に気配を感じて目を開けると、律くんが至近距離で私を見つめていた。
「寝てるかと思った」
すっと身を引いて、律くんが言った。私は慌てる。
「寝てないです! いい声だなって思ってた」
「あ、そう」
……律くんは、照れたように、ふっと目を逸らした。
◇
次の日、教室を出た時、何か違和感を感じた。
少しの寒気。
廊下に、隣のクラスの真希ちゃんがいた。
真希ちゃんは体育会系女子。さっぱりした性格で付き合いやすい。
いつもは明るくはつらつとしているのに、今日は何だか具合が悪そうにうつむいている。
よく視ると、真希ちゃんの後ろに煙のような黒いもやがある。
特に、首から頭にかけてが黒い。
「真希ちゃん、大丈夫?」
声を掛けたけど、真希ちゃんは浮かない顔で言った。
「まほろちゃん……? ちょっと……先週から頭が重くて。病院も行ったんだけど、原因不明で」
黒いもやを観察する。
これは、神主だったおじいちゃんが「障り」と言っていたものだ。
この世の存在に、絶対の善悪はないそうだけど、
人間にとって「あまり好ましくない影響を与えるエネルギー的なもの」を、総称してそう呼んでいたみたい。
神道では「穢れ」を重要視するけど、穢れよりは軽いイメージかな。
障りは、どこにでも存在する。
たとえば、ウイルスのようなもの。
何の影響も受けない人もいるし、免疫が弱っている人には、悪さをしやすい。
「穢れ」も「気枯れ」から来ているそうだ。
本人の元気が一番だと思う。
真希ちゃんの背中を撫でていると、ビジョンが視えた。
私に時々、流れ込む映像。
理由は分からないけれど、「見せられている」と私は感じている。
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懐中電灯の光。
古いコンクリートの建物。
割れた窓ガラス。
天井や壁にはひび。
何かのコードが垂れ下がってる。
足元には空き缶や大量の紙。
ひっくり返ったキャビネット。
倒れた点滴の棒?
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「真希ちゃん、古い病院みたいなところ行った?」
私は尋ねた。
「え? うん、どうして分かったの?」
「何となく……神主の血なのかな。少し感じたの」
「そうか……。まほろちゃんは、そうだったね。
先週、中学の同級生と肝試しに。何か心霊動画で有名だとかで……私は行きたくなかったんだけど……」
「何か、変なものとか見えたの?」
「ううん。その時は、特に……。でも、そういえば……昨日、一緒に行った友達が階段から落ちたって。……怪我は軽かったらしいけど。どうしよう、何か憑いてるのかな」
真希ちゃんが青くなる。
(しまった……余計なこと言ったかも、私……)
「ごめん! 真希ちゃん。大丈夫、大丈夫だから! 気にしない方がいいよ」
どうしたらいいんだろう。
障り……。心霊スポットで憑いたなんてこともあり得るのかなあ?
おじいちゃんなら、お祓いで一発だけど、私にはそんな能力ないもんなあ……。
障りは、すぐ取れることも多いらしいから、様子見よう。
◇
次の日の放課後。
真希ちゃんが廊下にうずくまっていた。
真希ちゃんの周りの障りが大きくなっている。昨日の三倍はある。
天井に届きそう。
(どうして!?)
「真希ちゃん? 大丈夫?」
声を掛けるけど、真希ちゃんは頭を抱えたまま唸っている。
障りが、台風のように渦を巻いている。
蛍光灯が、切れかけのようにチカチカ点滅する。
渦の中に、悲鳴のような声が響く。
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怖い! 怖い! 怖い!
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これは、とても危険だ。何とかしなきゃ!
おじいちゃんのお祓いを思い出す。
「はっ……払い給え清め給え……えっ……えっと、な……何だっけ?」
慌てると全然出てこない。
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怖い! 怖い! 怖い!
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私も飲まれそう。
黒い手がたくさん地面から生えている。
その手が、私たちに襲い掛かって来る。
複数の手に、両足を掴まれた。
その瞬間、冷たいものが這い上がってきて、息が詰まる。
動けない!
「助けて……おじいちゃん……神様……っ、律くん!」
心の中で叫んだ。
前後編です。後編は、明日19時更新予定です。よろしくお願いいたします。




