第46話 ピエロは語る⑭
あの日から僕の人生は輝き始めた。
捨て子だと蔑まれ続けた幼少期は、惨めそのものだった。両親もヴィルヘルムのことを優先し、教会の仕事を積極的に手伝うのにも関わらず、サボってばかりの義兄には軽く注意するだけであった。
だが、本当の捨て子が義兄だと明らかになった日から、全てが逆転した。
両親が義兄に優しいのは捨て子である負い目から。捨て子だと馬鹿にしてきた義兄やその取り巻きの言葉は全て義兄やそんな捨て子と仲良くしていた仲間に呪いとして返って行った。
僕は神に選ばれたんだ。そう確信した。
それからも教会の跡取りとして聖務に励んだ。
だが、現実は神に選ばれたからと上手くいくものではなかった。
他の街ならばいざ知らず。魔女信仰の強い街だ。同情で寄付はそこそこ集まっても年老いた両親を養うほどの金銭的余裕は無く。それどころか心無い者は寄付で生活など物乞いと同じだと教会を嘲笑った。
日に日に家計は厳しくなり、母も病に侵され、死ぬことも覚悟した。
そんな中、父が遂に狂い一家心中を企てた。
悔いはない……と言ったら嘘にはなるが、それでこの苦しみから解放されるのであればと父に身を委ねた。
その時、奇跡が起こった。
眠れる母をナイフで一突きし、次は僕の番となり向かってくる父が血で滑って転び、手に持っていたナイフが宙を舞い、父の後頭部へと刺さった。
僕は生き延びてしまった。
それと同時にこれは死ぬなというイャザッタ様の意思であると確信した!
それを証明するかのように、葬儀の際に訪れた教皇区の使者から街に巣食う悪しき魔女信者を殺せと命を受け、やがて来る偽聖女を討つ為に禁術を授かった。
僕こそが教会の意思、イャザッタ様の思考そのもの。
僕こそが……!僕こそがッ!
「偽聖女よ!地獄でも火あぶりに合うが良い!」
アレックスの身体から再び炎の触手がトドメとばかりに麻友へと襲いかかる。
(はぁ……はぁ……。偽聖女にトドメを刺す。そんな中でも冷静さを失わないことだ。既に《灼熱の時》は限界だ。手加減をせず一気に殺す。イャザッタの生れ変りたる僕に隙はない!)
「僕が偽聖女を殺し、この街を魔女の支配から解き放つ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「なっ!?」
麻友が最後の力を振り絞り、触手を突き破ってアレックスに突進を仕掛けてくる。
とは言っても満身創痍なので動きが遅く避けることは容易い。
(なるほど。最後の悪あがきか。僕の身体は魔法で燃えているが、周りの炎は燃え広がったただの火だ。魔法を解除しても燃え続け、僕をその場に釘付けすれば相打ちには持っていける)
分かってしまえば容易い。体は限界とは言え、目の前の偽聖女に比べたら余裕はある。ただ単に魔法を解除し避ければ良いだけだ。
「無駄な足掻きですね」
アレックスは麻友をあっさりと躱し、教会の奥へと歩みを進める。
「教会全体に火の手が回るのは時間の問題ですが、発火地点に突っ込んでいった愚か者とまだ火の手の回りきっていない場所にいる聖職者。どちらが先に燃え尽きるか考えるまでも無いでしょう」
(……ん?こちらには向かず何をしているんだ……?)
偽聖女の方を見ると教会の扉に手をかけようとしている。
「どこまでも愚かだな。逃げようとしたって、炎でずっと熱されていた取っ手だ。少なくとも僕は握ろうとは思わないね」
「う゛っ……がッハッ」
ゴポォっ
麻友の体から血が溢れ出す。胸骨に入ったヒビがそのまま割れ、胸を裂きながら今まで体内に溜まっていた内蔵出血分の血が一気に体外へと放出される。
ジュウ……ジュウ……
(そうか!自身の血で一時的に金具を冷まして、扉を開ける気だ!)
「逃がすか!ぶっ潰せ!」
ゴゴゴゴゴ
イャザッタゴーレムの拳が麻友へと迫る。
「《意思の……》うッミッ」
ゴシャッ!
麻友が魔法を発動するよりも早く巨像の拳が麻友を扉へと挟み込み押しつぶす。
「アッハハハハハハハ!勝った!逃げることも叶わず!防御も不発に終わって圧死とは偽聖女の最期は惨めなモノだ!この街で生まれ育った惨めな人生ももう終わりだ!」
ゴヒュッ
「おや、まだ息が……。でも、もうじき死ぬでしょう」
勝ちを宣言するアレックスに向かい麻友は中指を立てる。
「あ……あぁ……賭けは……あたしの……勝ちだ」
全身の骨が折れ既にこれ以上動くことの難しい中、麻友は意識をギリギリ保ちながら扉の方へ倒れ込んだ。
発火地点となっていた扉は、先程の一撃で既に脆くなっていた。
麻友がもたれ掛かった瞬間、バリバリと音を立てて崩れ落ちる。
「な、何を強がりを――」
ドゴォっ!
瞬間、凄まじい爆発が教会もろとも全てを吹き飛ばした。
*
「ヒューヒュー……ガッ……オ゛ゴォ……」
息をするのも絶え絶えであるが、麻友は雨の降る路上に吹き飛ばされながらも生きていた。
(死ぬ確率の方が高い賭けなんて……やりたくはねぇな……)
教会という閉鎖空間でありながら、魔法により空気が薄くなっているのにも関わらず激しく燃やされたのだ。少しでも空気を取り込めばバックドラフトにより全てが吹き飛ぶ。
勿論、それは麻友も例外ではない。故に死ぬ公算が高い作戦だ。しかし、アフラですら手に負えないとなれば実行せざるを得ない。
(《意思の鎧》の発動タイミングも運が良かった……。上手く行くとはな)
攻撃を逸らす《魔術師の盾》の方が緊急時には向いているが、攻撃を受けて扉を突き破った上に爆発も耐えなければならない関係上、あえて拳を受ける覚悟での選択だ。
「オ゛ッガァッ゛」
雨が気道に入り咽る。
(ダメだ……意識も遠くなって来やがった……)
この賭けはまだ終わっていない。人気の無い場所とは言え、爆発が起これば流石に誰か来る……。そこまで保てば勝ちだ。
「マユ!しっかりしろ!もう少しの辛抱だぞ」
(走馬灯まで見えるといよいよだな……。いないはずのセナの姿を最期に見るなんて……)
「出血は多いが、欠損は無い。回復魔法で誤魔化しながらなんとか病院へ……」
セナの声を聞きながらマユの意識は遠ざかって行くのであった。
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