第42話 ピエロは語る⑩
俺がいつ、どこの誰に捨てられたのかは記憶にも記録にも無い。
近所の噂では、ある日の晩に赤子の鳴き声がして、見てみると子無し夫婦である義両親が赤ん坊を抱えていたらしい。
それが本当に俺だったのかは俺にも分からない。それに、教会の手伝いをするようになるまでは自分こそが本当の子供で義弟であるアレックスこそが捨て子だと信じて疑わなかった。
ある日、数少ない信者の1人が、自らに救いのないことを嘆き、教会へ八つ当たりをした。
他では信じられないことだが、魔女信仰が厚く、教会の権威なんてモンが無いリンベでは信者の質も低く、ただ救われたいという身勝手な信者しかいなかったから平気でそういったことが言えたんだ。
「捨て子を養う余裕がアレばあたしらに施しを増やしてくれよ!」
その信者はその時、アレックスのことを指さしたと思う。いや、思いたかったのかもしれない。俺もアレックスのせいで教会の権威が落ちるのかと呆れていた。
しかし、現実は違った。
義母は捨て子を養っていることを否定しながら、俺へ抱きついて泣いたんだ。
その瞬間のアレックスの顔……笑ってやがった。流石に思ったさ、ああ、イャザッタ様はアイツを選んで俺を選ばなかったって。どうしてだろうな。実の子じゃない悲しみだとか、人生の否定だとか、見下していた相手が実は俺とは違う存在だったとかそう云うのよりも先に、イャザッタ様への喪失感が来たんだ。
アレックスは常にオドオドしている奴だったが、その時は奴の笑顔に初めて恐怖した。
その日の夜、俺は家を出て、スラムに住み、仲間たちとシケた仕事をする日々だ。
「すまんな。お前らがアレックスのことをどう見ているかは知らないが、家を出てからのアイツのことはよくわからないんだ」
「いや、それだけ聞ければ十分だ。街の人がやけに同情的だったのも分かったし、アイツの目……なんで、あんな目が出来るかもな」
「教えてくれ偽聖女……なんで、アイツを疑ったんだ」
ヴィルが請う様に麻友に聞く。
「なに、お前が言った様な信者。身勝手な信者と同じ臭いを感じただけだよ」
「……」
「正直、あたしはイャザッタをてめぇと違って信じちゃいねぇし、討ち取りたいとも思ってる。だが、イャザッタを信じてる人で初めて己がある奴に出会ったよ」
「己……?」
「イャザッタに限ったことじゃねぇ。何かを信じる。あたしにしちゃ依存だ。別に悪いことじゃない。あたしだって教会に追われて何度も死にかけたがアフラや自分の策に依存したから生き延びた。依存するのは悪いことじゃない。問題なのは、果たしてその依存先は自分で決めたモノなのかということだ」
「……なるほど。確かにそうだな。義両親もアレックスも俺でさえも教会の産まれだから勝手に依存していた。自分で決めたものじゃない」
麻友は邪悪な笑みでなく、諭すような表情で語り続ける。
「だがヴィル、てめぇは信仰が裏切られた時、立ち返って疑う事ができた。そして、それでも信じたいと自らの意思で矛盾を抱えながらも信じた。それは魔女を信じてる街の人たちよりも立派なことだ」
「……っふ。なるほどな。俺は立派か」
自嘲気味にヴィルが笑うと、じっと麻友の方を見つめる。
「ん?なんだ」
「偽聖女……いや、聖女様、なんだか救われたよ。感謝する」
「褒めたって何も出ねぇよ。それと偽じゃないんだな」
「ああ、教会は偽聖女と認定しているようだが、俺は認める。少なくとも俺の魂は救済された」
(偽聖女って認定したのはイャザッタ本人なんだが……。まあ、いいか)
ガタッ
ヴィルが席を立つ。
「突然捕まえて悪かったな。だが、もう1人の方はスラムには純粋過ぎる。聖女様の方からも気を付けるように言ってやってくれ」
「ケッ、どうだかね。それじゃ、調査も終わりだし、夜も更けてきた。あたしは帰るとするよ」
*
ヴィルたちの溜まり場を後にする。その時の麻友の気分は悪いものではなかった。
(麻友さん、さっきの言葉)
(アフラ、てめぇはこの世界に来て16年も経ってんだ。いい加減、前世の正しさなんての忘れたらどうだ)
(それは誘導ですか?)
(さあな。だけど、てめぇで選ぼうが、あたしがそうなるように仕向けようが、脳みそを共有してんだ。嫌でもこっちにもこびり付く……。自分勝手なお願いって奴だよ)
アフラはさっきのヴィルへの説教が、ヴィルだけでなく自分へのモノであったことを理解したが、自分でも気づいていない、気付いてはいけない前世の記憶が理解を拒んでいることも同時に理解した。
(いつか、この感情とも和解出来るでしょうか……)
麻友は甘香とは別人だからこそ、私自身が見ようとしなかった記憶を、他人のように見つめることができる。私が麻友の記憶や感情に憤りを覚えたように麻友も私の記憶の自分さえ意識していないことから何かを感じ取ったのだろう。
ヴィルだけでなく、麻友とも少し分かり合えたそんな気になれた夜であった。
*
翌朝、病院の準備中に届けられた知らせにはヴィルヘルムの死亡が報じられていた。
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