第40話 ピエロは語る⑧
「チッ、あの時の甘ちゃんだと知っていれば助けるんじゃなかったぜ」
「なっ、こ、こっちこそ急になんですか!」
憂さ晴らしに、身寄りのない老人を虐める様な人間だ。それに麻友と同じ思想であれば、危険人物であるのは明らかだ。
「悪いことは言わねぇ。ここはてめぇみたいな下品な乳ぶら下げた善人ごっこしてるガキが夜中に来る場所じゃねぇぞ」
「何を言うんですか!」
バッと咄嗟に顔を赤らめながら胸を隠す。捨て子とは言え、環境に恵まれていたが故に身体的特徴を揶揄されたのは初めてであった。
「まさか、自覚が無かったのか……。よほど頭ん中がお花畑みてぇだな。……っ!そうか、アレックスが嗅ぎ回ってた偽聖女ってのはお前だな!ハハッこいつは傑作だ。道理で良い子ちゃんで人間ってのに甘いわけだ」
「ッ!」
不味い。指名手配されている身で正体がバレるともうこの姿で調査どころではなくなる。
(麻友さんならこういう時、言いくるめたり、路地裏でひと目も無いので魔術でなんとかするでしょうけど、ただ危険思想というだけでそんなこと私には……)
「手配金はいくらだったかな。当分は好き勝手出来るくらいだったか。まあ生憎、俺はアレックスの野郎が嫌いなんで、突き出すことはしねぇよ。分かったらさっさとリンベから去るんだな」
言いたいことを言うと、ヴィルヘルムは立ち去ろうとする。
「ま、待って下さい!私はあなたを探していたんです!」
説明されなくても分かる。悪態をついてはいるものの私を助けようとしてくれている。
(数日前の行いや聞いていた話では悪人のはずでは……)
「ああ?俺に?なんで」
本当は良い人なのかもしれない。そういった疑念が浮かぶが、殺人鬼の最有力候補であることにはまだ変わりない。
「率直に言います。巷を騒がしている殺人鬼、私はあなたではないかと疑っています」
「はぁ?なんで俺が。証拠でもあるのか?」
「証拠はまだありません。ただ、私の知人の殺人鬼と同じ思想をしていると耳にしましたので」
ヴィルはそれを聞くと呆れた顔をし、嘲笑い始めた。
「ハッハッハ、殺人鬼が知り合いとはとんだ偽聖女様だ。そんなのが現れるとはイャザッタ様の地位も落ちたもんだな……」
ひとしきり嘲笑い終えるとふぅとため息を付き、冷静な表情へと戻る。
「気が変わった。着いて来い。アジトへ案内してやる」
「どういうことですか!」
「……」
ヴィルはアフラの声に耳を貸さず歩き始める。
私はただそれについて行った。
*
「ヴィルの兄貴おかえりなさいっス!……って誰すかそのマブイ女!」
「兄貴はやっぱ隅に置けないなぁ」
「ヒュ~、俺らにもエロいことしてちいな~」
「お前ら、少しは静かにしろ」
ヴィルは低い声で静止する。
スラムということもあるだろうが、老人を甚振る様な人たちだ。低俗な視線がアフラに向けられる。
「……」
「座れ。おい、俺の客だ。水くらいしか無いが出してやったらどうだ」
へい!と舎弟の1人が返事をすると台所の方へ向かっていった。
部屋の中は片付いているといえば聞こえは良いが、机と椅子、棚が1つと最低限の物しか無く。床の端の方からは外から突き破ったのだろうか木が生えており、帽子掛けの代わりに使われており、帽子や杖、傘などがかけられている。
「いや~にしても、こんな美人さんがこんな場所に……ってあ、兄貴この女ぁ!」
はぁとヴィルがため息をつくと口を開く。
「今更、気がついたか。あの時の莫迦女だよ」
「ひ、ひぃ~。大丈夫なんすか兄貴!」
さっきまで向けられていた低俗な視線は一気に恐れと変わった。
だが、ヴィルの視線だけは変わらず冷静なままだ。
「私を案内して、外では話せないことでもあるのですか」
「俺と話したがっていたのはお前の方じゃないのか」
「ええ、そうです。ただ、話すだけなら周りを身内で固める必要は無いと言ったまでです」
あくまで引かない。相手は殺人鬼かもしれない人物なのだ。仲間がいるという事は弁が立つかもしれない。麻友の様に言いくるめて来る可能性もある。自分を強く持たなければならない。
「……」
「……」
しばらく、静寂が流れる。
先に口を開いたのはヴィルであった。
「お前は俺らが殺人鬼かもしれないって言ったな」
「ええ、疑うのには十分かと思います」
ふっとヴィルは鼻で笑うと。
「なら、なんで路上で、甚振る。殺人鬼なら目立たない様に、助けを呼ばれないように静かに、即座に殺すべきじゃないか?それに噂じゃ、強盗殺人だろ。金のない浮浪者の老人を殺してなんになる」
「そ、それは……」
ヴィルの言っていることは筋は通っている。しかし――
「はぐらかさないで下さい。老人を虐めていることが殺人鬼でない証明にはなりませんし、正当性の説明でもないです。確かに私も疑うだけで証拠はありませんが、少なくとも人に危害を加えても構わないと言う思想が同じと言うことの左証にはなるでしょう」
不当な類推、麻友が使っていた手法と同じだ。
(麻友さんと同じ手法、やはり同じ思想と言う情報は正しかった)
「なるほどな。騙されてはくれないか。だが、お前は思い込む癖があるな。単刀直入に言おう。私は殺人鬼ではない。俺達は殺人はしないし、それで金品を奪うなんて下等な事はしない」
ダンッ
「なら!どうしてわざわざ、老人を甚振るんですか!」
「落ち着け。だから、ここに連れてきた」
ヴィルは落ち着いたまま淡々と続ける。
「下等な人間どもに“死”を思い出させるためだ」
「“死”を思い出させる……?」
「人々の幸福を訴える善人共、これこそが最大の復讐者だ。そして、復讐者の言葉を信じる民衆は家畜に等しく反吐が出る。誰もが幸福を望み、復讐者は『昔は狂っていた』、『我々は幸福を作った』と唱え、民衆はそれを信じ、幸福を作ろうとする」
「それのどこがいけないんですか?」
麻友が言っていたことと同じだ。全員が幸福を求める社会。そんなのは当然だし、理想である以上それを求め努力をすることに間違いなどあるはずがない。
「幸福になればなるほど、幸福が長く続けば続くほど、人々は隣人へ同情をする余裕が生まれる。同情が生まれれば助け合う」
「それが理想です。人が人を助ける世界の、何が間違っているんですか!」
ヴィルは改め私の方を睨み言う。
「偽聖女よ。仮に聖女を名乗るのであれば、何故イャザッタ様へ祈る」
「それは世界が少しでも良くなるように、困っている人が……あっ」
「そうだ。イャザッタ様への信仰が深まれば深まるほど、人々は神を必要としなくなる。やがて神は死に、人々は幸福により同情を得る。そして、同情により助けを受け、死を恐れなくなる。それが当たり前となり、最終的に復讐者含め民衆は神と同様に自分自身を殺すことになる。そんな愚かな民衆に俺達は死にたくないと思わせ、他人ではなく自らの命と肉体こそが真実だと思い知らせるのが目的だ」
「だから、老人を虐めると?」
「そうだ。平和ボケした民衆へ、自らの手では何もしない復讐者に対し理不尽な暴力にて“死”を気付かせる」
言っていることは滅茶苦茶だ。しかしながら、この世界に来て16年と半年、そこで築き上げられた価値観の矛盾を端的に指摘され、突き崩されそうになる。
「あっ……あなたは……」
「偽聖女様、聖女を名乗る以上、それなりにイャザッタ様の教えについては学び、信じているそうだが、それは“お前が選んだモノ”か考えることだな?」
(わ、私は……)
(やっぱり、聖女様には受け入れられねぇか)
(麻友……さん……?)
「う、うわぁ!なんだこの女、か、身体がボコボコ動いているぞ」
「ひぃ!」
「偽聖女、お前、何者なんだ!」
ゴキッ、パキッ
アフラと麻友の身体が入れ替わる。
「ケッ、なるほど。ヴィルヘルムつったけ、あたしと同じ考えだ。だが、てめぇには決定的な矛盾があるな」
「な、なるほど。お前が本物の“偽”聖女というわけか」
数日ぶりに現れた麻友は人を騙す時の邪悪な笑みを浮かべていた。
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