第39話 ピエロは語る⑦
「うーん、手がかりらしいものはありませんね……」
ここ数日、パトロールを行っているが、結果は芳しくない。
元いた世界と比べ、治安は悪いこともあり、小競り合いこそ多いものの殺人鬼どころかヴィルの手がかりすらもない。
(あれ以来、麻友さんも黙ったきりですね……)
昼間、マユちゃんとして働いている時を除き、麻友がこちらに声をかけることはなくなった。
ただ、したり顔でこちらを眺めるだけだ。
(駄目です弱気になっちゃ!……とは言え情報がないですね)
アングラな情報といえば酒場だろうか。実際、前世でも法的な問題はさておき、そう言う言い訳でそういった怪しいお店に出入りしている警官の話は聞いたことがある。
(お酒……)
ここは日本ではない。ましてや世界すら違うのだから、16と言う年齢で呑むことは何も問題がない。ただ己の正義感が邪魔をして自然と避けているのだ。
とは言え、背に腹は代えられない。意を決して酒場に行こうと思った所で1つのアイデアが浮かぶ。
(あそこなら、もしかして……!)
*
「だからって何故、ここへところに来るのですか? 少なくともあなた達殺そうとした敵ですよ」
眼の前のメイド、ペトロニラは怪訝な顔を浮かべている。
「ええ、分かったいます。でも、監視のためにこの街の住民になりすましていたペトロニラさんなら、何か知っているかと思いまして……」
はぁとペトロニラがため息をつく。
「何故、お嬢様があなたを選んだか、いささか理解に苦しみますね。まあ、お嬢様自身が理解できない存在ですが」
ペトロニラは呆れた顔をしながら話を聞いている。
数日前の様に魔女が襲ってくる可能性もあったが、気配は感じないことから少なくともその危険性はないらしい。
「それで、質問は何でしたっけ」
「答えてくれるんですね」
「当てもなく来たと?全く。前も言った通り、お嬢様から言い聞かされてるのは監視、お館様からは自分のところに連れてくることだけです。後は私の判断で対処しますよ。気が変わらない内に聞いたらどうですか」
「ありがとうございます。それでは……ペトロニラさんがこの街に入ってから殺人鬼について心当たりはありませんか?」
正直、自信は半々であったが話は聞けた。ペトロニラさんは2人の魔女にも近い存在だ。少しでも話す機会があれば接触するのは悪くないはずである。
「殺人鬼ですか……。残念ながら、私がリンベに入った頃には既にそういったニュースはあり、目立つ人は特に……あっ」
「何かあるんですか!?」
ペトロニラが何か思い出した様に呟く、殺人鬼についてではないが、気になることがあればそこから辿れるかもしれない。
「甘香さんたちが、やってくる少し前スラムの方にお嬢様が麻友さんと考え方の似た方がいるとおっしゃてたような……」
「麻友さんとですか……?」
手を汚さない殺人の天才―― 明空麻友、彼女と同じ思想であれば、殺人鬼に関わっている可能性もある。
「名前はわかりますか……」
「……たしか、お嬢様はヴィルヘルムと」
「ヴィルさん!?」
「急に声を荒らげてどうしたんですか……」
「す、すみません……」
心当たりのある名前が出て驚き声を出してしまった。ペトロニラはそれを呆れた顔で見つめる。
だが、羞恥よりも自分の判断が間違っていなかったという安堵が、胸に広がった。
「ペトロニラさん、ありがとうございます。麻友さんと同じ思想、その方を調べてみます」
「それはどうも……ただ、彼はあくまでイャザッタの……あっ」
ペトロニラが何か言いかけたが、それよりも自身の正義感に従い、身体が勝手に動き、彼女の元を後にした。
*
ペトロニラは確か、スラムの方と言っていた。
大きな街だ。スラム街と呼ばれる地域があることは知っていた。しかし、昼は病院、夜の調査も街中での資料漁りや聞き込みとスラムの方へ出向くことはなかった。
(確かに、そういったアングラなモノですとこちらの方がありそうですね……。ただ……)
夜間ということで、そこまで強烈ではないものの腐臭がこの区画一体から立ち込める。決して、生命状況に致命的なほどの貧困地域ではないものの明らかに格差故のそういった雰囲気が辺り一体を包んでいる。
幸い、この世界で嗜好品こそあってもイャザッタ様の影響のある地域で麻薬的なモノの話は聞いたこと無く。このスラムの住民も見た限りでは酒に明け暮れ、廃材で形にしただけの家屋で寝食をシている用に見える。
(話を聞きたいですが、なんだか皆さん……)
寝ている者はまだ良いが、子供も大人も視線だけが、じっとりとまとわりつく。
(……?何かおかしなところでもあったでしょうか?)
「ひひっ、ねぇちゃん」
「はい、なんで――んぐっ!」
「莫迦!こっちこい!」
住民の男に話かけられた途端、何者かに不意に腕を捕まれ路地裏に引き込まれる。
「な、何なんですか?!」
「それはこっちの台詞だ、莫迦!……あ゛っ」
「あっ」
引きずり込んできた男と目が合う。
見間違えるはずのない顔だ。
その男は数日前に浮浪者を虐めていたヴィルヘルム、彼であった。
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