第38話 ピエロは語る⑥
「あ、あの……こちらの病院で偽聖女を匿っているのではないかと噂が……」
オドオドした口調で、いつぞやの信徒が受付に詰め寄っている。
(確か、アレックスったっけ?あれじゃ、出るもんも出ねぇだろ)
(でも、私に入れ替わったのは軽率でしたね……)
同情の行き着く先の世界、それが何なのかはまだ分からない。
ただ、聖女としてイャザッタ様の教育を受けた者として、自分が同じ立場だとしたらと同情の念が湧いてしまう。
(何か、助けてあげることはできないでしょうか……)
「あ゛!?何言ってんだ! ……あっ」
アフラの言葉に思わず叫んでしまった。突然、叫んだせいで周りからの視線が痛い。
ジッー
声を出した途端、そんな音が聞こえてくるのかというくらい、アレックスがあたしの方を見つめていた。
「あ、あの……」
「す、すみませ~ん。ちょっと大きな声出ちゃったみたいで」
アレックスが近づいて話しかけてくる。咄嗟にマユちゃんとして振る舞う。
「最近、この病院で見かけますが、この街の方では無いですよね」
ジロっ
鬱屈とした微妙に焦点のズレた黒い目がこちらを見つめる。
「た、旅をしてまして、縁あってこの病院で路銀を稼いでいるんですよ」
張り詰めた営業スマイルでなんとか誤魔化す。
「……。そ、そうですよね。てっきり中央からは1人なのに2人分としか思えない偽聖女の情報が来て混乱していたんですよ。私の勘違いなら良かったです」
誤魔化しが効いたのかアレックスはいつもの自信のなさそうな様子になり、そそくさと病院を後にしていった。
(なんつーか、薄気味悪い野郎だな)
ああいった人には麻友は覚えがある。
かつて、自分がだまくらかして囲わせてた男どもに多いタイプだ。自身がなく、どこか死んだ目をしている。しかしながら、何か打ち込めるものがあるわけでなく、日々精を吐き出し1日を終える。無気力人間。
もちろん、アレックスは街の人に嫌われながらも働いている。彼らとは決定的に違うが、本質的な所で同じ臭いを感じた。
(同じ目をしてたな……)
絶望と言うなの死に至る病に侵された人間へ良からぬことを吹き込むとどうなるか麻友が一番良く知っていた。
その良からぬことがイャザッタへの盲信……いや、依存だとしたらどうなるだろうか。
『無差別連続殺人及び強盗犯いまだ捕まらず』そのニュースが頭を過ぎる。
大量殺人犯を意図的に生み出していた麻友だからこそアレックスから違和感を感じざる得なかったのだ。
(そんなに同情の行く末が気になるなら殺人犯について調べてみるか……前世のように)
(アレックスさんを疑っているんですか? 彼は確かに精神的に不安定かもしれませんが、殺人を犯せるようには見えませんよ)
(だろうな。だが、あたしの殺人犯としての勘だ。似たものを感じる)
殺人犯としての勘。明空麻友と言う女が前世でどの様な犯行に及んだのか、警官としてのキャリアは1日しかないが報道事実で嫌と言うほど見聞きした。
テンシュタンでも意識を失っている間、殺人に躊躇がなかった。前世では徹底して自らの手を汚さなかったが、殺したい欲求のある者に仮初の正当性を用意し、バレない術を提供して、気に入らない者への代理殺人を実行する。
それは、手を汚さない殺人の天才だった。
それが、現代の日本よりも人権や命の軽んじられる世界に来たのだ。その殺人犯としての才覚に歯止めが効くはずもない。
(でも、殺人犯候補ならもっと怪しい人もいましたよ……)
それでも私は食い下がる。
(昨日見たヴィルと呼ばれていた方、こう言うのは悪い言い方ですが、ああいった方の方が人を殺めてしまいそうですけど)
(はっ、言うようになったじゃねぇか。確かにイキって集団で行動する不良は人を殺しやすい。だが、いくつかの理由でそれはない)
(いくつかの理由ですか……)
(1つは、ホームレスを襲ってたことだ。殺人犯、より正確には無差別殺人および強盗犯だ。つまり、目的は命と金。ホームレスに金はねぇ。2つ目は凶器が貧弱過ぎる。少なくともあたし達が見た死体は頭をかち割られてた。だが、ヴィルたちが持っていたのはただの杖だ。アフラの馬鹿見てぇにかてぇ頭とは言えそれで折れる程度のだ。あれじゃ頭はかち割れねぇし、何より出来るなら痛ぶる必要がねぇ。あたしたちが来る前にさっさと殺ればいい。と、まだ必要か?)
(うっ……)
麻友の行っている事は筋が通っていた。
(警察学校でプロファイリングを習ってんだろうが、観察不足だな。プロファイリングに固執すれば確証バイアスに引っ張られる。それを元に犯人と仮定して、論理を組み立て、検証、失敗したら別の人って総当りするのも良いが、気が付かなかったとは言え情報の無視はダメだ。まあ、あたしのアレックスてのもプロファイリングによる仮定でしかないがな)
警官学校で散々習ったことを指摘される。筋が通っている分、反論の余地がない。
(……わかりました。麻友さんの言う通り、アレックスさんを調べて……)
そう思いかけたその時、麻友の顔が歪んだ笑みを浮かべていることに気がついた。
(ん?どうした、アレックスを調べるんだろ?)
(いいえ、確かにアレックスさんは怪しいかもしれませんし、結果としては調べることになるかもですが、大規模な街です。他にいると考えるのが自然なのでパトロールをします)
チッ
麻友が舌打ちをしたのが聞こえる。
明らかに麻友は私を意のままに操り、あわよくば自分たちへ疑いを向けてきた、教会側の人間であるアレックスを排除させようとしていた。
(麻友さん、確かにあなたの言うことは正しく、筋が通っている様に思えますが、私は騙されませんよ)
(上手くいくと思ったんだがな……)
麻友の表情はあからさまに悔しがっている。
(私の意思で事件は調べます。夜は昨晩のこともあるので、私の身体で行動するのが良いでしょう。麻友さん、知識があるのかもしれませんが、あなたからの指図は不要ですので)
(後悔しても知らねぇぞ)
麻友が捨て台詞とともに睨みつけて来るが、私の意思は揺るぎないモノであった。
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