第37話 ピエロは語る⑤
叫び声のする方へ向かうと、遠くの橋の下で――
川霧に包まれた暗がりの中、若者たちとホームレスの老人が言い争っているのが見えた。
水音が反響し、怒鳴り声は実際よりも大きく、荒々しく響いている。
(麻友さん変わります!)
(アフラ!急に、ちょっ)
アフラに意識を強制的に入れ替わられる。何度か意識のある状態で入れ替わってはいるが、正直、非常時でなければ内蔵や骨が動くのだ、気持ちの良いモノでは決して無い。
(結局こうなるのかよ……。確認だけのつもりだったのによ……)
*
「こんな汚い世界に未練はねぇ!」
「ほぉ……、なにがそんなに汚いんだ?」
「若者が年寄をイビって!そんな世界は汚ねぇに決まってるだろうが!あぁ、魔女様、汝に捧げしこの命で、新たな法と秩序の世界をもたらし給え……」
「ちッ」
若者が杖を振り上げる。
「いけません!」
「なっ」
バキィっ
鈍い衝撃が頭部を打ち、視界が一瞬白く弾ける。
痛みはある。だが、それ以上に――「間に合った」という感覚の方が強かった。
「クソっ、ずらかるぞ!」
「あ、ヴィルの兄貴待って下さい!」
ヴィルと呼ばれた男とその取り巻きたちは杖を放り投げ一目散に逃げていった。
「こら!待ちなさい!」
アフラの呼びかけに応じるわけもなく、彼らは夜闇に消えていった。
「あぁ……だずがっだぁ。ありがとうございます」
ホームレスの男がアフラの足にしがみつき感謝をしている。
「い、いえ、困っている人を助けるのが聖女の役目ですから」
「聖女……お前、まさか教会の……いやでも魔女様も……」
老人は聖女と聞くとブツブツと何か言っているがしばらくすると
「ありがたや……俺ぁもう悔いはねぇ……」
そういいながら手を合わせながらアフラのことを拝んでいる。
「えぇ……と、すみません。聖女とは言え、そんな大層なものじゃないですよ……」
言葉が詰まる。よくよく考えれば聖女らしく人助けをしたのはこの人が初めてだ。
マリンサの村では地位を隠していたし、テンシュタンでは救護を行ったとは言えマッチポンプに近い行動であった。
「か゛んげいねぇ。イャザッタも救わねぇ世の中で助けてくれた。それだけで、おれぁにとっちゃ聖女様だ」
(けっ、良かったじゃねぇか。聖女らしい事ができて)
麻友がおちょくるように語りかける。しかし、私は確かに人を助けるという行為に喜びを覚えていた。
(イャザッタ、魔女、それに聖女様か……。ホームレスだし、自分ってもんが無いんかね)
「それは言いすぎですよ!」
「あ゛どうした?」
「い、いえ……。それより怪我をしているなら治療をしませんと」
うっかり、麻友の悪態に声が出てしまう。
ただ、人を助けることの何が悪いのか。私はただ当たり前に助けているだけなのだ。
『汝、隣人を愛せ』と言うが、皆が隣人を愛せば、人々は幸福を作る。
幸福は不幸への同情を呼び、同情は手助けを誘い、更に幸福の輪は広がる。
理想論だが、理想である以上、それを行わない理由はない。
(同情が本当に、幸福を導くかどうか……)
心のなかで麻友が語りかける。
少なくとも私はその理想が正しいと信じている。
しかし、心の何処かで麻友の言うことが引っかかるのであった。
(皆が同情する世界の行き着く先はどこなのでしょう……)
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