第36話 ピエロは語る④
1919年の夏、一次大戦の敗北により混乱のドイツ、バーデン共和国に彼女は現れた。
神域シュヴァルツヴァルトに無断で踏み入った者、とくに女性の末路は決まっている。
メイドが取り押さえ、お館様へ献上し、“愛”を授かる――それが常であった。
しかし、彼女は違った。
――たった1人で戦争を仕掛けてきたのだ。
歴史上、珍しいことではあったが、時の権力者が攻め入ってきたことや信仰の名のもとに攻め込んできた人たちはあった。その度にメイドが犠牲になることもあるにはあるが、結果はより多くの子を増やす事となるだけであった。
彼女をそんな愚かな人間とみなしたのが間違いであった。彼女は怪物だった。
多くのメイドが殺され、ついにお館様の元へたどり着いた。
一時はお館様の愛を受け入れたにも関わらず、腹を引き裂き、胎児を投げ捨ててまでお館様に殴りかかり、森も館も焼かれ、気がついた時には朝になっていた。
月齢の問題でお館様も本気では無かったが、あの怪物も本気ではなかった。もし、互いに本気であったらどうなったか……。
悪夢の様な戦いが終わるとお館様はその力を讃えノーサイドとなり、一種の同盟を結ぶこととなった。
それから、我々は怪物のことをお嬢様と呼び、不服ではあったが手伝いへ時折駆り出されるようになった。
「知っているのはこんな所です。その後は陰謀あるところに現れては物資を要求して、というのをずっと繰り返し、今では東洋の島国で活動しているらしいけど、正直お館様が直接やりとりしているので、そこまでは詳しくはないですね。まあ、知りたくもないですけど」
ペトロニラから聞かされた情報の余りの量に圧倒された。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……。魔女があたしたちのいた世界の存在だった事は分かった……。でもだったら何でこっちの世界に」
話を聞く限り、死ぬようには思えない。だとすればなぜ、わざわざ異世界にまで干渉をと疑問に思う。
「……へ?」
その疑問に対するペトロニラの反応キョトンとしたもので、まるでそんなことも知らないと驚いた様であった。
「そもそもこの世」
ボウッ
「なッ!」
(この気配、只者じゃないです!)
ペトロニラが続けようとした瞬間――。
部屋の燭台が、轟ッと燃え上がった。 そして、部屋全体から感じたこと無いほどの威圧感を感じる。
ガタッ
麻友は慌てて椅子から立ち上がり、臨戦態勢を取る。
(アフラ!この感覚イャザッタの時とも比べもんになんねぇぞ!)
「ゴボぉっ!」
ペトラニラが突然血を吐く。
その姿は胸を1本の腕が貫いていた。
「喋りすぎ」
「!?」
椅子に座ったペトラニラの背後から幼いながらも重圧を感じる声がする。
その声の主の姿はちょうど影になり見ることは出来なかったが、“魔女”がそこにいることは疑いようがなかった。
「もう……しわけ……ございま……せ、ん」
ズルリ
ペトロニラの胸から腕が抜ける。
「大丈夫、心臓は避けたから」
それでもペトロニラの辺りには血溜まりが広がっていた。
同時に、ペトロニラがぐったりと机に伏す。
(一体、魔女はどんな姿を……)
ペトロニラの影からついに魔女の姿が現れると思われたが、そこには誰もいなかった。
「今日はここまで、私に会いたければ精々生き残ることね」
(ッ……!)
背中からとてつもない重圧を感じる。麻友もアフラも直感的にイャザッタよりも遥かに格の違うその存在を感じた。
「じゃあね。人手不足だから期待してるわよ」
「ひ、人手不足って何の話だ!」
振り返るとそこには既に魔女はいなかった。
ペタン
「はぁ……はぁ……何だったんだ……」
魔女が去ったことに気が抜けてへたり込む。全身から冷や汗が流れている。
「うぅ……」
傷がふさがった。ペトロニラが目を覚ます。人間でないだけあって、相変わらずの傷の治癒速度である。
「だ、大丈夫か……」
「はぁ……はぁ……。貴方がたに、心配される……ほどではありませんよ」
その声は落ち着いていながらも生きは絶え絶えであった。
「分かったと思いますが……彼女は滅茶苦茶な存在です。貴方がたがここにいる内は、監視のためここにいますが、私からの情報は余り期待しないほうが良いでしょう」
「……。そうみたいだな」
ペトラニラに別れを告げ、家をあとにする。夜はすっかり更け込み、てっぺんを過ぎていた。
(夏とは言え、冷えるな……。明日に響くし早く帰るとするか)
「殺すなら殺せ!!」
家路を急ごうとした所、突然叫び声がした。
(麻友さん行きましょう)
「はぁ?……何であたしが行かなきゃなんねぇんだよ」
そう文句は言いつつも、昼前に見た殺人鬼被害者の死体がちらつく。
前世で襲撃を指示していた頃の、ズレた正義感が頭をもたげる。
悪態をつきながらも、結局声のする方へと向かうのだった。
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