第32話 幕話②
山には良い思い出がない。前世での私は山岳訓練中に現れた警官隊により銃弾の雨を浴びせられ、作戦に参加する間でもなく死亡した。
死後、その名誉は国民の知る所となったが、死んでしまったらそんなものは意味がない。
しかし、魂として彷徨っていた私に転機が訪れた。主により別世界へスカウトされたのだ。かつての仲間達と共に主のために再び戦うことになるとは何たる幸運か。
そんな素晴らしき主に背く愚か者の処刑を聞きつけ、今私はテンシュタンの町を目指していた。
「そこのお兄さん、ちょいと占っていかないかい」
テンシュタンへと続く魔橋に差し掛かったところで、黄襤褸を纏った何者かに声をかけられた。
「あいにく、そういったモノは間に合っている。それに主の教え以外の占いを聞くのは信念に反する」
「そんなことを言わずによぉ……。貧しき者への寄付だと思ってお願いしますよ!」
黄襤褸の者が縋り付いてくる。正直うっとおしいが、信仰心から手を出さない様に堪える。
「良いじゃないか。なんでも知りたいことを占ってあげると言っているんだよ!ショーン・ドイルさんよぉ!」
「っ!な、き、貴様!何故、私の名前を知っている!」
おっと、と声を上げると黄襤褸は口を塞ぐ。
その手は言葉遣いや服装からは想像が付かないほど若々しかった。
驚きや苛つきよりも、奇妙だという気持ちが勝った。そのためか、さっさとこの黄襤褸から離れたい一心で占いを1つだけ頼むことにした。
「……わ、分かった。1つだけだぞ。私のこの後の仕事運でも頼む」
「クケッ、わかりました……。少々お待ちを」
黄襤褸は不気味な笑い声を上げると懐からキラリと光った。
「貴様ッ!」
思わず懐に忍ばせた銃に手を掛ける。
「クケケッ、慌てなさんな。こういう占い何でね……」
目の前の不気味な存在は懐から大ぶりなナイフを取り出す。
「フンッ!」
すると、目の前で突然、自分の右手を切り落とした。
「う、うわっ」
ゴトッ
人が死んだり、バラバラになるのは見慣れていた。だが、その時の感覚は正しく自分の右手が落とされる感覚であった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……はぁはぁ……」
右手は奇妙なことに切り落とされていない。それはそうだ、目の前の存在が切り落としたのは自分自身の右手であり、私の右手ではない。
視界の右手は確かにそこにあった。それでも――脳は、自分の手が落ちたと錯覚していた。
「占いの代償は1つにつき、身体のパーツ1つ。感覚に関してはいずれ慣れる……まあ、あなたにはいずれも何にもないけどね」
「なッ……に!」
黄襤褸は頭のフードを取ると中からは幼い少女の顔が現れた。
(死ぬッ!)
前世で感じたあの嫌な感覚、まだ銃弾は当たっていないのに感じた嫌な冷たい感覚を少女の目から感じた。
「《贖ざ……あ゛ッ!」
咄嗟の反撃に魔術を唱えようとするが、突如左腕が萎縮し、赤子の手ほどの大きさになる。
「《殲滅の火傷》、クケケッ、ショーン・ドイル、あなたの仕事運は……『塵は塵に、灰は灰に』いくら未練があっても既に終わったことに固執し過ぎは良くないでしょう」
「あ゛あぁ……。私は……また死ぬのか……」
「そう、ただ光栄に思うことね。私の手によって殺されることを」
少女はそう言うとショーンの眼前まで飛びかかり左腕を突き出すと、その脳天を貫いた。
「あ……ぁぁ……」
ドサッ
ショーンの身体は末端からみるみると萎んでいきやがて灰になった。
「っふー」
死体が消え去ると、少女は一息つき、懐から煙草を取り出した。 火をつけようとして――ふと、自分の右手を切り落としていたことを思い出す。
地面から右手を拾い上げるとブロック玩具でもくっつけるかのように淡々と右手を接着した。
その時、血は一滴も流れ出ていなく、地面にもその痕はなかった。
そして、右手を戻すと指先から火を出し、口へ咥えた煙草に火を付けた。
「っスゥー。やっぱ、山の空気は美味しいわね……。そう思うでしょペトロニラさん」
「うっ……はぁ……はぁ……。お嬢様、いらっしゃたのですね……」
魔橋の向こうから、ペトロニラが歩いてくる。その姿はアフラにやられたことにより瀕死に見えた。
「ダーリンのメイドだから手は出さないけど、あの程度の小娘にやられちゃね……」
「申し訳……ありません。しかし……」
「ふっー。言い訳は結構。あの魔術を使ったら即死するかもしれない……。もし、それで死んだらその時はそこまでの玉だってこと」
「……」
少女は吸い終わった煙草を手の中で燃やし尽くすと地面に沈み始めた。
「まあ、私はこれで戻るけど、あなたの役目は監視、それだけは忘れないこと良い?」
「承知……いたしました」
メイドが不服そうに了承すると少女はそのまま地面に潜りどこかへ消えていった。
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