第30話 魔橋の山⑬
初めての記憶は血みどろの中からお館様に取り上げられた時のことである。
お館様は何モノにも平等な愛を注ぎ込んでいるお方なので、兄弟姉妹は無数にいた。
人との間に産まれた私たち木立の子ら、動物たちと交わり産まれた猟犬、植物と交わり産まれた小屋や下僕、石像と交わり産まれた狩人。
誰もがお館様のことを愛し、愛され、孕み、産み、また愛し、また愛され……。食料が足りなくなれば主からの母乳を啜り、互いの身を分け合え。恋しさを覚えれば女男を攫う。老若男女、栄華秀英、一切有情すべての存在がお館様の愛のもとで暮らしていた。
そんな楽園のような日々は1人の人間に打ち砕かれる。まだ、50年程しか生きていない矮小な存在に多くの友悌が殺された。その様な存在にもお館様は愛を与えたが、腹を引き裂いてまで拒絶し、お館様は破れた。
今の気分はその時に非常に似ている。目の前の聖女と名乗る女もお館様からの愛を否定するのだ。そのようなことはあってはならない。
「少し、見くびっていたようですね……。ここからは少しだけ本気を出させてもらいますよ」
(とは言っても、《稲妻の招来》は効率が良いとは言え打てて残り1発、準備に時間がかかるし、他に使える魔術は……強力過ぎる。なら――)
指から掌、腕、肩へと力を抜く。そして、胴を入れてヒュンヒュンと振り始める。
(アフラ!?なんだ……アレは……!?)
「魔術だけじゃなくて、体術も自身があるようで……えっ!」
1歩踏み出すと同時に脚の力を抜きわざと転ぶ。すると反対側の脚が反射で前に出るので、再び脱力し、また反射で脚を出す。これの完璧に繰り返すことで、どんな達人にも予備動作を見抜けない《縮地》を行い、一気に距離を詰める。
ヒュンッ
「ッッッ!」
バシッン!
空気を裂く音が聞こえる。
鞭打である。精神的に持ち直しても、既に1週間の拷問で衰弱しているアフラの痩けた頬に命中すれば、顎ごと抉り取れるであろう。
「咄嗟ですけど、動きで鞭打は読めましたよ」
「ちッ」
予想外の《縮地》で踏み込みが甘く、鞭打の余波で左耳の鼓膜が破れたが、鞭打はアフラの後頭部で音を鳴らすだけで命中はしなかった。
「あ……がっ……」
逆に《縮地》のスピードが仇となり、カウンターとして放たれたアフラに右拳はペトロニラの左肋を的確に砕き、肺へと突き刺していた。
「か、カ゚ハッ」
「肺に血が入っていますから喋らないほうが良いですよ」
(ああ、そうですわね。あんな露骨な動きなら読まれて当然ですよね)
「鞭……打では……カハッ……なく……鞭……ですよ」
「ッ!」
背後で弾けた鞭打はそのまま鞭となりアフラの首に巻き付いてきた。
ソレは鞭というよりは植物の蔓のようであった。
「あ゛……ック、ウッ……」
蔓は首に絡みつくと木の枝のように固くなり、締め上げていく。左腕で必死に引き剥がそうとしても枝は容赦なく首に食い込む。
「人間じゃ……無い……」
「その……通り……しばらく……意識を失ってて……もらいます」
ギュゥッ
首の枝が締まっていく。そしてソレと同時にアフラの拳が食い込む胸部も締まっていくのを感じた。
「ア゛……カァ……」
「大丈夫……お館様は……受け入れて……くれます」
アフラの意識が遠のくのと同時に胸に刺さったままの右腕の力が抜けダラりと穴から抜け落ち、左腕も最早抵抗する力は残されていない。
「わ、私の……勝ちです!」
右腕が抜けると同時に、胸の穴が塞がって行き回復していく。ペトロニラは勝利を確信していた。
その時――
ボソッ
「へっ?」
アフラの口から空気が漏れ出す。それと同時にアフラの右太ももの辺りからキラリと光る何かが飛び出し、塞ぎかかっている穴めがけて、ソレは飛んでいった。
「コポッオ……オッ……?」
何が起きたかわから無いままペトロニラの口から血が溢れだす。
(な、何が……)
ドクっ
「ウッ……」
穴から溢れんばかりの血が流れ出る。
(し、心臓が……まさか……)
ペトロニラの身体がふらつき、アフラは枝から解放される。
「カハッ……ゲホッゲホ……はぁ……はぁ……」
ペトロニラの胸には儀式用のナイフが深々とめり込んでいた。
「《百発百中のおまじない》、魔術と言うよりはおまじないの類ですけど、そんなに珍しモノでは無いですよね。偶然ですが麻友さんがナイフを何本か持ち歩いていて助かりました」
(私が、お館様の寵愛を授かった私が負ける……。いや、アレを使えば……しかし……)
「ハァ……ハァ……フンッ!……ッはぁ……」
目の前の死に体は変形させた右腕を穴へ突っ込むとナイフを引き抜いた。
ソレと同時に穴も塞がっていき、出血も止まった。
「まだ、やりますか……?」
アフラの問いかけに、メイドは首を力なく振った。
「心臓が……傷つきました。これ以上となると、あなたを殺さなければなりません……。それはお館様の望むモノではないです……」
目を虚ろにフラつきながら呟く。だがそれが強がりだとはアフラは感じられなかった。
「機会があれば、またお会いするでしょう……。東夷とイャザッタの勢力圏の境目、カフカフの森、そこにお館様もお嬢様……魔女もいます」
「魔女……。あっ待ってください!」
「ハイロス」
そう呟くとペトロニラは崖側へと屋根から飛び降り、姿が見えなくなった。
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