誘拐劇は突然に
目覚めは悪くなかった。体の調子も魔力の巡りも快調だった。しかし、この国はかなり熱いようで体中汗でべたついていた。まあ、シャワーは元から浴びるつもりだったし別にいいか。
ふぅ。サッパリしたのはいいけど、多分今日も試合はある。そして何故だかヴェルディの崩壊は変わらないまま。加えてスケジュールすら不明と来たものだ。これはどうするか迷っていたところにメイドが朝食を持ってきた。
「やっぱり朝はトーストと目玉焼きよね。それで、スケジュールとかは持って無いの?あるなら欲しいのだけど」
「そちらもお渡しするように命じられております。そして、時間までは好きに遊んでいてもいいと言伝を預かっております」
「誰からってのは無粋な質問ね。わかった、出口まで案内してくれる?それと周辺の地図も頂戴」
「かしこまりました」
ひとまず地図と手渡された私の鞄を持って外に出た。財布の中身を確認するとご丁寧にこの国の貨幣に両替してあり、捨てれずに溜めたままだった不要な領収書類も処分してあったので大分綺麗になっていた。プライバシーもへったくれもないが、無事に返されただけで十分だと思う事にしようと思う。
「えーと、私の出番は夜ね。じゃあそれまで遊んでていいってことなんでしょうけど、一人で海で遊べって言われてもねぇ・・・」
そうごちながらビーチに足を運ぶことにした。一通り遊んでみてつまらないようだったら食べ歩きでもして過ごせばいいだけの話だし、お金ならそれなりに持っている上に王族専用のブラックカードもあるので問題ない。世界では争いはかなりの頻度で起こっているが何故か貨幣レートは統一されているのだ。なので銀行に行けば普通に何処でも自分の所持金を引き出したりできる。まあ、どうせグレース様あたりが関わっているのだろう。そうこうしているうちに海の家に着いた。何かして遊ぶのなら必然的に道具は必要になるし、水着も買わなければならない。
「いやー、割と一人でもエンジョイできるのね。それに、そこらで売られてる水着も中々良いじゃないの」
今はちょうど昼を回ったくらいの時間。軽くサーフィンを楽しんだので昼食ついでに休憩していた。今着ているのは競技用の水着。運動するならフリルとかそういうのよりこっちの方が俄然いい。
それに、サリア程ではないが出る所はちゃんと出ているので見栄えも悪くは無いだろう。
「まだ時間はあるけど何かしようかしら? このまま夜までくつろいでおくのもアリだけど、やっぱり何かしないと暇なのよね」
独り言を延々と呟いているのはアレだが、こうでもしないとやってられない。あそこのメイドでも無理やり付き合わせれば良かった。
「しょうがない、もう一回波に乗ってきますか。今度はサリアも連れてきたいわね」
という訳で波を感じてきた。初めてやった時は沈んでばかりだったが案外何とかなるものだ。最後の方は魔術で補助しなくてもある程度様になるようには上達していた。
まあそんな感じで夜まで過ごしたという訳だ。試合開始前にはちゃんと宿に戻って着替えも済ませてある。ちなみに夕食も出てきたので美味しく頂いた。
「うん、やっぱり落ちるのね。なんかもう慣れて来たわ」
試合開始の十分前に足元に穴が開き転送が始まった。流石に数回目ともなると慣れてくるものだ。むしろ下半身に当たる風が若干気持ちよくもある。そして夕食を取ってしばらく時間も置いているため段々と眠くなってきた。
「あー、さっさと終わらせて寝たいわ」
会場は沸いているが私は眠くてしょうがない。対戦相手は筋肉ムキムキマッチョの三メートルくらいある大男。種族はオークで間違いない。魔族領に行った時に良くして貰った記憶があるが、会場の雰囲気を見るに彼はあまり歓迎されていないようだ。不快だが、この国の事情は私には関係ないし気にしないことにしておこう。
「すまないな、このブーイングの中で戦うのは君も不快だろう」
「いいわよ。私からしたらオークに対してブーイングが飛ぶこの環境の方が不快よ。感覚も人と似通っているのに何で一々嫌うのかしらね?」
「君は変わっているのだな。もしかしてこの国の外から来たのか?」
「私の名前はクレア・ヴェルディ。他種族国家出身だから特に偏見とか無いのよ」
「そうか、私の名前はエロヒム。・・・ちょっと待ってくれ、性がヴェルディって君は王族なのか!? それによりによってヴェルディの!?」
エロヒムと名乗った男性は頭を抱えて唸っていた。まあ、これが普通の反応だろう。よりにもよってとか言われてドン引きされるいわれは無いのだが。
「何よ、何か問題でも?」
「いや、悪いが私はこの試合は降りさせてもらう。ヴェルディの王族は出鱈目の極致だと聞くのでね。魔法の残滓は惜しいがしょうがない。どうか殺さない程度にぶっ飛ばして欲しい」
「いいけどそれで良いの? 何か訳があるのでしょう?」
「いや、命に関わるほどの問題じゃあないからいいんだ。ほら、もう始まるから一思いにやってくれ」
「わかったわ」
その後、試合が始まった瞬間に殴り飛ばした。力は半分くらい。勢いよく爆散しない程度の力加減だ。多分骨も折れていないだろう。
そして、彼女は空から降って来たのだ。物のついでに闘技場全体に亀裂を入れながらだったが。
「さあ、行きましょうかクレアさん。こんなところにいても良い事なんてありません」
「何やってんのよ! 人も集まってるじゃない!」
しかも衛兵らしき人間もぞろぞろと集結しつつあるし、私にも検知魔術を始めとする様々な魔術がかけられており、その中には私の首をふっとばすような物もあるだろう。
「クレアさんにかけられている魔術なら全部纏めて消し飛んでると思いますよ。さっきダイナミック着地を決めた時に、ここら一帯にかけられている魔術を全て解除しておいたんです。これで魔法の残滓を守る結界とかも無くなってますから、欲しいなら取ってきますよ?」
何という滅茶苦茶。まあ、魔法なんてそんなものか。・・・私も欲しいが、とりあえずそれは後にするべきだろう。
「侵入者に告ぐ。選手から離れ、速やかに投降せよ。さもなくば武力行使を行うことにッ!?」
警告を放った魔術師は灰となって消えた。その下手人は当然隣にいる友人であり、その友人はご立腹のようだ。
「そういうのはいいんで、とりあえず最高責任者を呼んできてください。さもないと皆殺します」
「ちょっと貴女いきなり何を!」
「サツキさんが近くに来てますから、そちらに行かれてください。私はちょっとひと暴れしてきますから。何なら先に帰っていただいても大丈夫です!」
「うわぁ!? むぐっ!」
後ろから伸びてきた腕に口を塞がれ、そのまま抱えられて会場の外へと運ばれる。
「クレア様、私達は撤退です。今からレーギャルンが暴れますから、その間にヴェルディへと帰りましょう」
「・・・四の五の言う時間は?」
「ありません」
「ならいいわよ、さっさと走りなさい!」
あの空間でサリアが暴れるというのなら間違いなく邪魔になるだろう。それに、魔法使いだという事がバレぬように皆殺すのも彼女の中ではおそらく確定事項だ。魔法の残滓もついでに回収してくれれば嬉しいのだが。正直私もどんなものか気になって来たし。
「クレア様、魔術師ギルドの転送陣の起動はできますか?」
「場所さえわかればここからでも起動できるわよ!」
「南西約百二十メートルです!」
「了解、行くわよ!」
転送陣を遠隔起動し、私達の居る位置に座標を合わせてワームホールを形成し、維持する。そしてその中に勢いよく飛び込んだ。




