怒る拳は稲妻に
「突然飛ばされたけど、ここはどこなのよ・・・」
サリアが劇的に登場する四日前、王宮に帰宅していた私は突然の眠気と浮遊感に襲われた。まあ、未来視である程度は把握しているから特段驚きといった物は無いのだが。うん、この間視た通り椅子に体を縛り付けられている。一応王女なのだが、こんな扱いを受けてもいいのだろうか? 国際問題にしてやってもいいのだが、まずはこの後の問題を解決しなければならない。
「お目覚めですかクレア様。私、今回のヴァルプルギスを開催させていただくノワールと申します。この度はこのような荒々しい招待をさせていただきましたが、これはしょうがない事だと思われてください。と、時間が無いので本題に移らせていただきます」
「そっちの都合だけで勝手に話を進めないでもらえる? そしてこの縄を今すぐ解かないと痛い目見せるわよ」
魔力を高めてノワールと名乗った黒ずくめのローブに黒い仮面をかぶった男を脅すが、相手は一切余裕を崩さずにカチャリと、私に首輪をつけてきた。
「おお、それは恐ろしい。なので首輪をさせていただきます」
「外しなさい。仮にも一国の王女に対してするようなことではないわ」
「いえいえ、これは参加者全員に施しております。ルール違反を防ぐための大事な処置なのです」
こちらをと言って手渡されたのは、ルールブックと書かれた小冊子。そこの大会出場における最低限のルールと書かれた項目を読むように言われたので、大人しく読むことにした。書いてあることはこんな感じ。
『一、相手をなるべく殺さない事。死なない程度に抑えるべし。
二、観客を巻き込まない事。余波で周囲に甚大な被害をもたらす魔術は控えるべし。
三、試合前、試合中、試合後問わずいかなる場合でも参加者に対する妨害行為を禁ずる。
四、これらを破った場合は命を持って償うべし。または自身が有する全ての魔術を公開すべし
五、この場では己の生まれ持った身分を振りかざすことを禁ずる。』
子供でも分かるような簡単なルールだった。いや、正確にはルールなんてほぼ無用といっても過言では無いといったレベルの酷い物だった。思わず顔をしかめるほどに。
「野蛮すぎるわ。もうちょっと賢い方法は無かったのかしら?」
「そんなことをおっしゃられましても此度のヴァルプルギスはこのような方針故、対応できませぬ。と、言っている間に貴女様の初戦のお時間と相成りました。それでは!」
「はぁっ!? ああもう、次会ったら一発殴ってやる!」
いきなりの事に戸惑い、足元に転送陣が輝き私が強制的に送られる前にそう吐き捨てた。
拘束はいつの間にか解かれていたが、放り出されたのは沸き立つ歓声の真っ只中。イライラしているので正直うるさくてしょうがない。まあいい、とりあえず体くらいほぐしておこう。
「君がこの僕の対戦相手かい?とても、可愛いね。名前はなんて言うのかな? よかったら僕の妾にならないかい?」
やけにキラキラした服装を纏った対戦相手の青年が話しかけてきた。顔立ちは整っているが、やけに甘ったるい声に上から目線で話しかけてくるので、とてもうざったらしい。既婚者のくせにこんなところでそんなアプローチして来るな。気色悪い。
「人に名乗るときはまずは自分から名乗るものじゃないのかしら」
「僕は貴族だよ? 身分が上の人間に命令されたのなら大人しく聞き給えよ」
今すぐにでも殴りつけてやりたいが、まだ試合は始まっていないのでそういう訳にもいかない。しかも貴族のくせに身分を傘に来て威張るタイプで、溢れ出る教養も無さそうだ。私が身につけてるヴェルディ王家の紋章も知らないらしい。普通は他国の王家の紋章くらいは覚えておくものだが…。
「私を見て何も気づかないような無知な人の命令なんて聞かないわよ。そもそも、そうやって身分を振りかざすのは禁止されてるでしょ」
そう言った瞬間、司会が試合開始の合図を高らかに上げた。それと同時に全身を強化し、思いっきり顔面をぶん殴ってやった。
「それにね、一国の王女をナンパして妾にするなんて馬鹿げた話があってたまるか!」
「ぶげらっ!」
ゴムボールのように地面を跳ねて男は壁に激突した。しかし、相手も一応魔術師。すぐに回復魔術を己に施してこちらに魔術を放とうとしてきた。
「不意打ちとは卑怯だぞ! 『ファイアボール』!」
「しょぼい!」
素手で火球を払い落として再びゼロ距離にまで距離を詰め、襟元を掴んで殴りやすい位置に男を投げる。そして稲妻を纏わせた腕でタイミング良く相手を殴り飛ばす!
「はああああああああ! くたばりなさい色男ォ!」
拳が激突した男は叫び声を上げる間は無かったが、全身をスパークさせてしめやかに爆散。結局名前すら聞くことはできなかったが、それはしょうがない。観客席からは大きな歓声が上がっており、この瞬殺劇はそれなりに受けが良かったようだ。そして、歓声とともに闘技場を出ようとしたタイミングでまた浮遊感。足元の空間がすっぽりと抜け落ち、抵抗できない様に関節を縛られている。ご丁寧に魔力封じの縄まで使ってあるので、浮遊して避けることもできない様だ。
「それで、私何か悪い事でもしたのかしら?」
「ええ。かなりの問題行為でございます」
先程の試合は大盛り上がりで終わったのだが、何故か怒られていた。しかも今回は椅子にすら座らせてもらえず、床に正座させられていた。相変わらずノワールは黒ずくめの恰好だったが、今回はどのような服装かをハッキリ見ることができた。 山高帽に先が尖ったお面のようなマスク(後でサリアに聞いたところペストマスクと言うらしい)をつけ、黒いローブを纏っている。身長は大体180cmはあり、ローブの上からでも相当ガタイが良い事がわかる。そしてその衣服は全て神代の物だ。魔術的な加護も今の技術じゃ再現できないほど精巧であり、単純な耐久力も凄まじいものだろう。先生やメリッサ様が持っている道具が同じ時代の物なので同じ物なのだと理解できた。
「まったく、貴族の嫡子を爆☆散させて盛大にぶっ殺すなんて面倒な事をしてくださいましたねぇ。ルールになるだけ殺さない様に書いていましたよね? 死亡手続きとか面倒なんですよ、特に貴族階級の方々の場合は。いや、ヴァルプルギスの開催だって無条件でできるわけじゃあないんですよ? ちゃんとこの国の行政から許可を取って行っているわけなので、それに密接に関わっている方々を殺されたらこの国での開催が厳しくなるのです。貴女も為政者側の人間ならそこのところは理解できますよね?」
「言いたい事はわかるけど、もう少し簡潔にお願い」
「貴族は殺さないでいただきたい。さもなくば然るべき報いを受けて頂きます」
「わかったわ。なるだけ気を付ける」
一応未来を確認。これに関しては使うのは体力なので問題無く機能するみたいだ。気になる結果は、家族は殺されていないがそれはそれとして崩壊しているヴェルディが見えただけだった。まあ、家族が生きている時点で未来は良い方向に大きく前進したのだろう。
「で、話は終わりなら拘束くらい解いて欲しいんだけど。流石に王女様に向かって無礼すぎない?」
「ですが、王族ほど凶暴なのがヴェルディという国の特徴だと聞き及んでおりますので、そういうわけにもいかないのです」
「一発顔面殴らせなさい。ちゃんと一発でミンチにしてあげるから」
「ザ、蛮族ですね。絶対にお断りです。まあ、その怒りは次の試合で晴らしてください。という訳でドボン」
「今度は上ッ!?」
天井がカパッと開き、そこから伸びてきた機械の腕に摘み上げられて逆ボッシュートされた。ただし降ろされたのはふかふかのベッドの上だった。周りの設備を見るに、相当上等な部屋を用意してあるのだろう。まあ、それはそれとしてノワールはヴァルプルギス関係なく絶対に挽肉にしてやると心に誓ってその日は風呂に入ることにしたのであった。




