ひと時の平穏3
「よし、では始めよう」
「わかりました。じゃあ、死なない程度で強く行きますよ!」
軽く音を超え、ソニックムーブを起こしながら構えているサツキさんに疾駆する。うん、やっぱりこのスピードでも服にダメージは無さそうだ。
「せえぃ!」
サツキさんは突っ込んでくる私にタイミングを合わせ、私の服をつかんで豪快にぶん投げた。勢いよく一直線に飛んで行った私は魔力障壁に轟音をたてながらぶつかった。
「あいたた・・・。どうですか?」
「うむ、少しのほつれも無いな。なあ、これ以上は時間の無駄になりそうだし、ここらでやめておくか?」
「始めたばっかりですけど、確かに徒労になりそうですね・・・。そもそも、買ってすぐにビリビリに破くメリットが無いですし」
「最初にその話をした時点で気づいておくべきことだったな」
放課後になって、例のどれだけ暴れれば体操服は破けるのかを試そうとしていたが、そこそこ本気でやってもほつれ一つなかった時点でやめようと言う感じになっていた。多分魔法を使えば余裕なんだろうけど、そこまでやる理由もないし。
「では、どうする? レーギャルンはこの後暇なのか?」
「そうですね。特に何も用事は無いです。門限とかも特に無いですし、クレアさんは多分先に帰ってると思いますから、この後はフリーですね」
「そうか、なら共に帰らないか? 買い食いと言う物を経験してみたかったのだ」
目を爛々と輝かせてこちらに顔を近づけてくるサツキさん。彼女は見た目は綺麗系の人だがこういう可愛らしいところもあるのか。やっぱりうっかり惚れそうになる。
「もちろん。サツキさんが満足するまで付き合いますとも」
「いいのか? ならば行くぞ! 時間は待ってくれないぞ!」
「わっ、ちょっと速いですって。あと、露店は深夜までやってますから時間は十二分にありますからね!」
私の手を引いて駆け出すサツキさんだった。私は最初は引きずられ気味だったが、楽しそうに走る彼女に釣られて肩を並べて並走した。いつもはクレアさんと一緒に裏門から馬車に乗って登下校するため、こうやって正門から出ていくのは何気に初めてなのだ。
町に着くのは速かった。まあ、私達は馬車より速いので、そんなに時間はかからないで当然なのだ。
「なあ、今思ったのだが今晩私の家に泊まらないか?」
「これは唐突ですねぇ。まあ、特に禁止されていないですのでいいですけど、サツキさんの家はここから結構近かったりするんですか?」
買った唐揚げを食べながら町をうろついていると、唐突にサツキさんがそう言って来た。よく考えなくとも友人の家にお泊りした経験など無かったため二つ返事で答えた。グレースさんは多分この事も把握しているだろうから、それとなくメリッサさんに伝えてくれているだろう。
「ああ、すぐそこだ。私はこの国に留学して来た時に両親に一軒家を買って貰ってな。今はそこで一人暮らしをしているんだ」
「なるほど。じゃあ、家事などもご自分でされているんですか?」
「うむ、家事全般はそれなりにできるぞ。掃除と洗濯は普通だが、料理は結構得意なんだ」
「じゃあ、今晩は期待してもいいって事ですねサツキさん!」
「レーギャルンの舌に合う物が作れるかは分からないが、頑張ってみよう。だが、買い出しには手伝ってもらうからな?」
「はーい」
買い食いから買い出しに目的がシフトしたが、友人と買い物に行くのもまた初めての経験なのでこれはこれで良い事だ。今私達がいるのは城下町だが、そこから行商エリアに移動して食料品を購入していく。ここに来るのも初めてなのでサツキさんから離れない様に行動する。異国からの輸入されてきたペンダントなどの目を引くものに後ろ髪を引かれ、思わずそっちにふらふらと向かってしまいそうなので、サツキさんの手を握って彼女に引っ張られる形にした。
「レ、レーギャルン? いきなり手を握ってどうした? ちょっと気恥ずかしいぞ」
「いえ、私が迷子になりそうなんではぐれない様にと思ったんですけど、駄目ですか?」
「いや、駄目じゃない。駄目じゃないが…、やっぱり恥ずかしいし照れくさい」
そうは言いつつもなんだかんだでぎゅっと手を握り返してくれた。俗にいう恋人つなぎというやつだったが、サツキさんもスルーしているみたいなので私もスルーすることにした。流石に食材を買い込んでいる間は離していたが、その後はなんやかんやで手を繋いだままだった。
「ひっ!」
「危ないっ!」
突然得も言われぬ悪寒が背筋を駆け巡り、両手の力を抜いてしまった。取り落とした荷物はサツキさんが拾ってくれたのでどうにかなったが、私はその場に謎の気配を感じ、その恐ろしさに立ちすくんでいた。
「レーギャルン、いきなり手を離してどうした。危うく卵が割れる所だったぞ」
「・・・・・・あ、すいませんサツキさん。さ、さっさと行きましょうか!」
ちょっとだけ怒った顔のサツキさんがこちらに迫って来たが、今の私にいちいち対応している心の余裕なんてあるはずもなく、とりあえずサツキさんの手をひっつかんで走り出した。
「私の家に向かうにしても、場所を知らないだろう! 一旦落ち着いてくれ、荷物が落ちる!」
しかし、私は反応を返さなかった。
「そもそも! レーギャルンは私の家を知らないだろう!? いいから止まってくれ!」
お決まりのパターンとしては、あと二回くらい無視して反応するという感じだが、それを許してくれるサツキさんじゃなかった。すぅ~と、軽く息を吸い込んだサツキさんは
「止まれと言っているのが聞こえないのか大バカ者!!」
と、鼓膜が破れるんじゃないかというレベルの大声で私を怒鳴りつけた。いや、鼓膜がビリビリと振動していたので実際かなりヤバかったのだろう。まあ、それはそれとして正気に戻りはしたから良しとすることにする。仮に鼓膜が破けたとしてもすぐに再生するだろうから、本当はそんなに大事でも無いのだ。
「すいませんでした・・・。なんか、とてつもない殺気を感じたのでつい逃げ出してしまいまして」
「レーギャルンをそこまで恐れさせる程の殺気だと? それはもうグレース様あたりに相談した方が良い案件じゃないか?」
「そうかもしれませんが、とりあえず案内よろしくお願いします」
「・・・まあいい、そんなに離れてはいないしな。とりあえず荷物は全部持つのだぞ」
「はぁい」
手を離して両手に荷物を抱え、サツキさんの後ろについていく。結構なスピードで走ったと思っていたのだが、思ったより離れていなかったらしい。本気で走ると周囲への被害が凄まじい事になるので気持ちは急いでいても実際はそんなにスピードは出ていなかったのだろう。サツキさんの家にはそこから五分ほどで着いた。
彼女の邸宅は、いわゆる桜麗風と言われる木造平屋の一軒家だった。周囲の建築物はレンガ造りなので周囲の景観から浮いているので、すごく見つけやすかった。
「レーギャルンの屋敷と比べると狭苦しい家だと思うが、好きにくつろいでくれ。そうそう、荷物は預かろう。ここまで持ってくれただけで十分だからな」
「お邪魔します。確か、靴はここで脱げばいいんですよね?」
「ああ、そこでいいぞ。レーギャルンはある程度私の国の文化に詳しいのか?」
「以前興味を持った時に一通り調べたんですよ。なので、日常生活に自然に溶け込めるくらいには詳しいかと思います」
「そうなのか。なら、私も負けない様にこちらの国の文化を精一杯学ばないとな」
そんな会話をしながらサツキさんの自宅に上がり、居間に案内してもらった。その後は夕飯までお互い暇だったので、それぞれ座布団の上に座り、出してもらったちゃぶ台の上で宿題を二人で終わらせた。
「ところでレーギャルンはグレース様と手合わせしたことはあるのか?」
そして、サツキさんがそんな話題を切り出してきた。宿題は殆ど
「ありますけど、それがどうかしましたか?」
「いや、グレース様は実際どれくらい強いのか気になってな。ほら、レーギャルンはグレース様に修行を付けて頂いたのだろう?」
「そうですけど、言って理解できるかは分かりませんよ? それでもいいですか?」
「構わない」
それなら、渋る必要も無いか。そう思ったので話すことにした。できるだけ理解することができるように分かりやすく要点を掻い摘んで話した方が良いだろう。
「そうですねぇ。一回だけグレースさんと本気で戦闘した時の話でいいですか?」
「ああ、聞かせてくれ」
それでは、と一息ついて話し始める。サツキさんは今か今かと身を若干乗り出しており、目も輝いていた。
「グレースさんは、私の魔法すら通じないくらい訳わからない強さでしたね。私の打撃は当たらないのに、向こうの打撃は当たる。防御したと思ったら当たってる。魔法で周囲一帯ごと消し飛ばしても何食わぬ顔でスコーンを食べている。大体そんな感じでしたね」
「質問だが、レーギャルンの魔法が通用しないとはどういうことなのだ? 確か、問答無用で消滅させるとかそういった感じの魔法では無かったのか?」
サツキさんはあまり困惑はしていないようで、普通に質問してきた。これに関してはグレースさんが言ってたことの完全な受け売りになるが構わないだろう。正確には対象の存在の根底を消し去るって感じだが、だいたいあってるので突っ込まない。
「なんでも魔法が通じないのは、『私は未来にも存在することが確定しているから今の時系列にいる君じゃあ私を消し去ることは不可能だって言ってましたね』。まあ、その後『私はいわば時空そのものだからそれに縛られている限り抗う事もできない』とも言われましたけど」
「なるほど、確かに理解が追い付かないレベルのヤバさだな。レーギャルンが雑魚扱いなど、一体どれほどの研鑽を積んできたのだろうか」
「ルナさんと暇があれば殺し合ってお互いの技術を高めていたらしいです」
「ということは始祖様もそのレベルで強いのか・・・。私達近衛の存在意義がわからなくなるな」
軽く苦笑いしたサツキさんはそろそろ夕飯の用意をするかと言って席を離れた。流石に泊めてもらうのに何も手伝わずにいられる私じゃないので、私も料理を手伝おうと思って席を立った。
結論から言おう。茶碗洗いくらいしか手伝えることが無かった。私も多少の料理はできることをサツキさんに説明したのだが、『レーギャルンのそれは料理というよりはサバイバル技術だ』と真顔で言い切られてしまったので機会があれば教えてもらう事を約束して、他の手伝いに徹することにした。そして、サツキさんの料理の腕はと言うとメリッサさんに引けを取らないほどの手際の良さだった。とにかく速さと精度が凄まじかった。メリッサさんと違うのは、震脚の要領?で宙に浮かせた肉や野菜を空中で切り刻むという離れ技を披露してくれた点だ。正直、周りに飛び散らないかと戦々恐々としていたがそんなことは無く、綺麗にまな板の上に乗っていった。
そんなこんなで三十分後、できた料理はカレーライスだった。元々はこの世界に無かった料理なのだが、転生者が伝えてからこの世界にも浸透したらしい。
「レーギャルン、運ぶのを手伝ってもらえるか?」
「了解しました!」
皿と食器を並べて早速食べることにした。
「「いただきます」」
うん、美味い。メリッサさんが作る料理にも引けを取らないくらい美味しい。正直肉じゃがとかが出てくると思っていたのでカレーライスは予想外だったが大満足だ。サツキさんに食べた感想を言うべきなのだろうが、掻き込むスプーンが止まらないので無理だ。メリッサさんやグレースさんの作る料理は量は普通だがその代わりそれだけの量で腹が満たされるようなものだが、サツキさんの料理は大量でいくらでも食べれるくらいに食欲を掻き立ててくるのだ。
「おかわりッ!」
「満足してもらえたようで何よりだ。沢山あるから好きなだけ食べていいぞ」
なぜだか母性を感じる笑顔でよそってくるサツキさん。一瞬死んだ実母の顔を思い出したが、あくまでサツキさんはサツキさんであり、私の母では無い。でも、無性に甘えたくなってしまったがその気持ちは一旦しまっておくことにした。今はカレーを食うのに集中だ。
「「ごちそうさまでした!」」
あっという間に食べ終わった。サツキさんもかなりの大食漢だったようで、食事中はお互いにひたすら目の前の物を食べることだけに集中していたのであまり会話することも無かった。
「いやー、できれば毎日私に料理を作って欲しいですね。例えば、味噌汁とか」
「それは嬉しい事を言ってくれるな。レーギャルンが望むなら何時でもいいぞ?」
途中でこんな会話はしていたがお互いにそういう面には疎すぎたため、その会話で何をして何を受け入れたのかは後になるまで気づくことは無いのだった。
その後は順番に風呂に入り、布団を敷いて眠った。布団は隣に並べて寝ていたのだが、特に何も起こることはなく静かに夜は過ぎていった。




