ひと時の平穏1
「サリア、手加減ってものを貴女は知らないの?」
「いや、私的にはこれでも相当手加減に手加減を重ねたんですけど・・・」
「グレース様はその辺教えなかったのかしら・・・。今度は私が貴女に教える番みたいね」
時は学校の三限目。護身術の授業時間に起こった事件である。この世界では普通に盗賊や魔物が跋扈しているので、ある程度戦闘はできないといけないというのは置いといて、授業である以上は他の生徒との組手というか実践はあるわけで・・・。まあ、端的に言うとやらかしたのだ。
「とりあえず、医務室に彼女を運びましょう・・・]
気絶して伸びている少女を背負って医務室に向かう事にした。その間にここに至るまでの経緯を反省がてら振り返ることにしよう。今背負っている少女の名前はサツキというらしい。始業式の時にちょっと注意されて何の因果か席まで隣だった子だ。そして、なんやかんやで護身術の授業の時に模擬戦をすることになった。まあ、そこに至るまでの経緯を軽く説明するとしよう。
今日はクレアさんの特訓からちょうど二週間後。学校生活にも大分慣れてきた矢先の話である。私の現状はと言うと、昼食をクレアさんと一緒に取るとき以外は基本的に席で眠っているか本を読んでいるかのどちらかと言ったところか。端的に言うとクレアさん以外にまともな友人がおらず、そのクレアさんは友達が多いため登下校と昼食以外の時は殆どその友人たちと過ごしているので、クレアさんともあまり話せずにほぼ孤立しているという感じだ。
いや、別に悲しくは無い。単にグレースさんとの訓練と勉強などで普通の同年代の子供と関わる余裕が無かったので話すネタが無かったり、同年代の子供の輪の中に入る事ができないだけで…。いや、やっぱりちょっとだけ悲しい。しかし、そう思ったところで中々現実を変えられないのが人の業なのだが。まあ、私を人間のカテゴリに入れていいのかは別として。
しかし、隣の席の少女。名は神喰皐月神喰皐月と言うらしいが、その子も私と同じく孤立している少女だった。彼女は彼女で少し変わっており、授業中以外は席で目を閉じて精神統一をずっとしているので誰も近寄らず、孤立している人物だった。たまに私の方をじっと見つめてくるが、その意図はわからない。まあ、そのサツキから話しかけられた事が事の始まりだ。
「サリア・レーギャルンだな? 次の時間、私と手合わせしてもらえないだろうか?」
「はい?」
これが初の会話だった。しかも注意して来た時と口調も全く違った。まあ、流れで申し出は受けたのだが。そして次の護身術の時間で先生に許可を取った上で相手をする羽目になった。許可自体は割とすんなり貰えたようで、先生もかなり乗り気だったらしい。まあ、クレアさんが一言『別にいいんじゃない?』と言ったことが一番の要因だと思われるけど。
そんなわけでお互いに体操服に着替えて運動場で向かい合っていた。運動場とはいってもこの学園は広く、ちゃんと魔術戦や格闘戦に対応した特別なフィールドみたいな場所があるため、校舎を巻き込んで大破壊が起こる事は無いようだ。
「へぇ〜。あなたにも友達ができたのですね。それは喜ばしい事ですわ」
「その口調は続けるんですね…。というか友達じゃありませんよ。そもそも、さっきのが初会話なんですからね?」
「そうなの? まあ、私達は魔力障壁の外で見守っておくから必要以上に壊さないようにね」
軽くクレアさんと会話を交わし、フィールドの中央にサツキさんと並び立つ。サツキさんは既に構えており、臨戦態勢に入っていた。ちなみに先生からはお互いの好きなタイミングで始めろと言われている。その先生は一番に安全圏に避難していたが。……どさくさに紛れて魔力弾でも打ち込んでやろうか。
「構えないのか? まあいい、それならこちらから行かせてもらう!」
そして、サツキさんが動き始めた時、私は既に相手の懐に入り込んでいた。こうなったら一瞬で終わらせてしまおう。そして本の続きを読もう。そして、私の掌底が彼女を捉えようとし、
「速い。だが、見切れないことは無い!」
拳が当たる直前に一歩右にズレたサツキさんは、私の腕を掴むと、凄まじい速さで私を地面に叩きつけた。今のはおそらく私のスピードをそのまま投げのエネルギーに利用したのだろう。
「中々やりますね…。何か武術でもやっておられるんですか?」
「そうだな。だが、貴殿もそうだろう? 今のスピードは尋常なものでは無かった上に、アレだけキレイに投げが決まっているのにも関わらず、ピンピンしているからな」
「まあ、私のは武術と言っていいのかはわかりませんけどね。でも、サツキさんは私の想像以上に強いようなので」
そう言って立ち上がり、さっきの仕返しに今度は私が全力の2割くらいでぶん投げてやった。
「嘘!?」
「少しだけ本気で行きますね」
そうカッコつけた結果、こうして全身を強打して気絶したサツキさんを医務室に送る羽目になっているのだ。
「やる羽目とかじゃなくて今回はあなたの自業自得でしょうが…」
「でもですね、あんなに強いとは思ってなかったんですよ」
「どうせ私ほどでは無いんですけどとか言うんでしょ? まったく、人間と化け物を同じくくりにしないの」
さらっと化け物扱いされた…。いや、間違いではないんですけどね。ほんの少し本気出すだけで音を置き去りにできる生き物は人間のくくりに入れちゃいけないのは確定的に明らかだし。でもちょっとへこむ。
「そうこうしてるうちに、医務室に着きましたね」
「そうね、さっさと入るわよ。言っとくけど、もう私だけで大丈夫ですとは言わせないわよ。加害者じゃなくて第三者が説明した方がいいでしょう?」
「クレアさんはエスパーなんですか?」
「あなたが特別分かりやすいだけよ」
あまり表情には出さない様にしているつもりなのだが、そんなに分かりやすいのだろうか? まあ、クレアさんの人間観察能力が高いという事にしておこう。王女様なんだからある程度は人の考えくらい読めないといけないと思うし。決して私は表情に出やすいタイプだとかじゃあないと思っておきたいし。
「そうやって考えておくのはいいけど、とりあえず背中の子をベッドにおろしてあげなよ」
「わかりました」
声をかけてきたのはアリスさんだった。・・・待って欲しい。学園長のはずのアリスさんが何で白衣を着てここにいるのだろうか。クレアさんに聞こうとしたが、クレアさんは特に何も気にせずにアリスさんと談笑していたので聞き出せる雰囲気じゃなかった。ひとまずサツキさんはベッドに寝かせて十分後。
「ここは・・・?」
目を覚ましたサツキさんが、ゆっくりと身を起こした。意識は戻ったが体は痛むらしく、表情は辛そうだ。
「ここは医務室です。あの、さっきは!」
「皆まで言うな。私が負けたんだろう?」
勢いに任せて謝ろうとした私を制止し、そう言い切るサツキさん。でも、謝罪の一つくらいさせて欲しい。
「でも、やり過ぎたのは私です。本当にすいませんでした!」
「だからいいと言っているだろう? 最初からレーギャルンの強さが遥か遠くにあることなど分かっていたからな。もしかしたら一本くらいはと思っていたが、そう甘くは無かったというだけの話だ」
「でも、実際怪我をさせてしまったわけですし、私も筋を通さないと気が済みません」
「待て、これは私の蛮勇が招いた結果だ。少し鍛えた程度で思い上がっていた私が悪いのに何を誤ると言うのだ」
駄目だ。変に武人肌なのか、かなり頭が固い人みたいで、こっちの言う事を少しも聞いてくれない。ならばわかってくれるまでと思った時、私は鈍器で、サツキさんは素手で頭をはたかれた。
サツキさんは怪我人のため本当に軽く音がする程度の威力だったが、私は軽く意識が飛びかけるくらいの威力だった。一瞬目の前がチカチカしたから間違いない。
「あいだぁ!」
「お二人とも、少々頭を冷やされては?」
殴ったのは当然の如くクレアさんだった。口調こそお嬢様だが殺気は半端ない。そして、右手には私を殴った金属製の松葉杖が握られていた。
「クレア様!? 何故ここにおられるのですか?」
「頑固な友人の付き添いですわ。いや、この喋り方も疲れるからもう普通に話すわね」
「はあ、それは別によろしいのですが・・・」
「痛い・・・」
「流石に怪我人を思いっきり殴る訳にはいかないもの。それに、こうでもしないと貴女は止まらないでしょう? 無論、サツキもね」
「「おっしゃる通りです・・・」」
「わかればいいのよ。まあ、殴ったのはやり過ぎたけどね」
悪びれた様子は皆無だが、静止してくれたのはありがたい。頭は痛いがそこは素直に感謝するべきだろう。
「喧嘩両成敗という訳ですね、クレア様」
「そんなところよ。じゃあ私は先生と話があるから、後は二人でゆっくり話しなさい」
それじゃあねと手を振ってアリスさんと医務室を後にするクレアさん。後から聞いた話だが、アリスさんがいたのは元々の医務の先生が出張していたからというとても普通でありがちな理由だった。




