忘れてたこと
「んっ。まったく、結局大事な部分を一切言わないで消えやがりましたね・・・」
今度会ったら全力でぶん殴ろう、魔法の使用も辞さないと固く決意し私は目を覚ました。目を覚ましたのだが、体が思うように動かない。そう思って目を開けると私の体にクレアさんが抱き着いていた。私を抱き枕にでもしたのだろうか。かなり強く抱きしめられているので中々引きはがせない。というか無理に引きはがそうものならクレアさんの腕の方が千切れてしまうのだ。強い力を持つのも考え物である。
「クレアさん、朝ですよ。起きてください、これじゃあ私が動けません」
クレアさんの顔はちょうど私の胸に埋もれているので声をかけるのはたやすい事だ。まあ、人のおっぱいを枕代わりにするのは控えて欲しいのだが。しかし、全然起きる気配がしない。張り付いたまま微動だにしていない。かといって無理やり引き離すのも不可能。もう私も寝てしまおうかと思っていたが不意にドアが開いた。
「おやおや、二人とも仲が良いようで何よりだ。それより、話があるから早く下に降りておいで」
グレースさんは部屋に入って来たかと思えば、その一言だけ言ってさっさと下に降りて行ってしまった。クレアさんは相変わらず私の体をホールドしたままぐっすり眠っている。こうなったら大声でも上げようかと迷うが、そろそろそうするべき時だろう。
「ふぁ~。おはようサリア。中々良い抱き枕だったわよ」
と思った時に都合よく目を覚ましてくれた。寝ぼけて抱き着いたのではなくて意図的に抱き枕にしていたようだ。一応季節は春だが、暑くは無いのだろうか。いや、それより早く着替えて下に降りないと怒られる。
「ほら、さっさと離してください。速く着替えて下に降りますよ」
「きゃっ。もう、扱いが雑よ。これでもこの国の王女なのよ? あっ、私の着替えもそこにあるから取ってくれる?」
「何で私のクローゼットに入っているんだか・・・。はい、これでいいですか?」
「ええ、それでいいわよ。ありがとう」
クレアさんに服を渡して、自分も手早く着替える。今日は特に動いたりする予定は無いのでシンプルなワンピースに着替えた。クレアさんはそうもいかないのか、普通にドレスに着替えていたが。
下に降りると、メリッサさんと数人のメイドさんが並んでいたが、先に朝食を取るようにと言われたので大人しく指示に従う。
「さて、二人とも。採寸とか速く済ませるからこっちに来てくださいね? かなり急ぎでやらないと間に合いませんから」
話を聞くところだと今日が始業式だが、私達の制服の採寸が終わっていない事をすっかり忘れていたらしい。まぁ、私も入学式が今日だとか全く知らなかった上に困惑している。日程くらいちゃんと言って欲しいが、そういう日程を把握しないで冒険に出ていた私達にも否はあるか。そうして、メイドさんに用意されていた部屋の一つに入り、二人きりになる。
「サリア様、一旦お召し物をお脱ぎになられてください。スリーサイズを測りますので」
「いや、そんな時間ありますかっていうのは愚問ですね。分かりました、ちょっと待っていてください」
さっき着替えたばかりだが、もう脱ぐ羽目になろうとは。クレアさんは脱ぐのに時間かかるよなぁと思いつつ、シュルシュルと服を脱いで下着だけになる。メイドさんの手つきは慣れた物のようで、私の体に素早くメジャーを巻き付けていく。ちょっと冷たかったので思わず変な声を上げそうになったが我慢した。そして、メイドさんの私を見る目がヤバかった。何か目が血走っているし、明らかに息が荒い。
「あの、息が当たってるんですけど・・・」
「気のせいです」
「いや、でも目も血走っていますし明らかにヤバいんですけど。すいません! この人なんか怖いんでチェンジしてください!」
メイドさんは六人いて、私についているのが一人、クレアさんに二人だったので後三人はいるはずだ。まだ下着姿のままだが、このままこのメイドさんと二人きりで同じ部屋にいる方が危険だと私の本能が叫んでいるので躊躇は無かった。
「どうしたんですかサリアちゃん。何か問題でもありましたか?」
「メリッサさん! このメイドさんが何かヤバいので変えてください!」
「えーと、彼女はちょっと変ですけど、服飾に関する事なら一流ですのであまり気にしないでください!」
メリッサさんに助けは求めれたが、普通に断られた。よし、大人しく諦めよう。ドアをパタンと締め、思考を放棄することにした。いっそのことされるがままになってしまう方が楽そうだ。
「はい、これで採寸は終わりです。制服が出来上がるまでの間にメイクを済ませてしまうので、引き続き大人しくしておいてください」
「・・・・・・はい」
メリッサさんの言っていた通りにメイクの手腕は大したものらしく、五分ほどで終わった。私は特にメイクをすることは無いため、普通の人がどれくらいの時間をかけるのかはよく分からないが、それでも相当速いという事がわかる。
「はい、終わりました。制服の方もすでに出来上がっておりますのでそちらにお着換えください。私は若干出血しておりますがお気になさらず」
こんな短時間で制服が仕立て終わったのは驚きものだが、鼻血を出しながらいい笑顔で親指を立てられても反応に困る。ただ苦笑いする事しか出来なかった。
「あら、サリアも着替えたの? 似合ってるじゃない。まあ、メリッサ様はぶっ倒れてるみたいだけど、取り敢えず出ましょうか。後一時間で始業式始まるみたいだし」
「いや、なんでメリッサさんが倒れてるんですか!?」
「なんでって、そりゃあメリッサ様が大急ぎで時止めして仕立て上げたんでしょう?帰ったらちゃんとお礼言わないとね」
時止めって便利だなぁ。私も使いたいと思うが、本人の惨状を見るに時を止めていても本人が死ぬ気で労働すればあんな風に疲労でぶっ倒れるのならちょっと考え物だ。
「ほら、メイドにメリッサ様は任せて私たちは行くわよ。外に馬車は待たせてあるみたいだし」
「いや、私は馬車で行くより走った方が速いんでそっちで行きます。クレアさんは馬車で行かれてください」
クレアさんもスペースは広い方が良いだろうし、正直馬車は苦手だ。靴紐を固く結び、足の筋肉をほぐす。鞄を背負って玄関を開け、クラウチングスタートで飛び出そうとしたが寸前で足首を掴まれたので未然に防がれてしまった。
「いや、私達のために金を使って呼んで貰ってるんだから乗らない方が失礼でしょうが。常識で考えなさいよ。まあ、アンタに常識が無いのは知ってるけどね」
「でも私、変に目立ちたくないんですけど」
「手遅れよ。行ったら分かると思うけど、大分ね」
肩を落とし、またしても大人しく連行される。クレアさんの言ったことは概ね正論なので逆らう余地はあるはずも無い。常識が無くてすいません。
「ところで、クレアさんは去年の制服は持っていなかったんですか?」
私は無くて当然だが、クレアさんは無いとおかしいんじゃないかと思ったので聞いてみた。馬車に揺られながらでなんだか落ち着かないが、気になったのだからしょうがない。
「ああ、あるわよ。でも、サイズが合わなくなったからこの際一緒に作って貰おうかと思ってね」
「なるほど、そういう事でしたか」
「そういう事よ。ま、そろそろ着くみたいだしさっさと降りましょ。そうそう、私の態度とか結構変わると思うけど、笑わないでね」
「はい、わかりました」
ありきたりな返ししか返すことはできなかったが、正直笑わない様にするのは絶対に無理だと思うから、心の中で謝っておくことにした。馬車の扉が開けられ、クレアさんの後に続いて降りていく。
「皆さん、ごきげんよう。今日からまた、よろしくお願いしますわ」
外にいた生徒たちに対して、クレアさんがものすごく優雅に微笑み、普段のキャラをかなぐり捨てたような雰囲気を出している。駄目だ、耐えられない。彼女が挨拶して回っている間にさっさと移動しよう。
「ぶふっ! ふふふ、あはははははは! 駄目、無理無理耐えられませんって! あははははは!」
時間がまだあるのでアリスさんに顔を出しておこうと思い、学長室のドアの前まで来たところで限界が来た。もう、あのお嬢様言葉のクレアさんを思い浮かべるだけで吹き出してしまう。
「部屋の前で何そんなに笑ってるの? 入りなよ、挨拶しに来たんでしょう? それに、さっきから大分目線集めてるしね。初日から黒歴史作りたくないでしょう?」
「そんなに周りに人いませんって。ほら、見渡しても全然…」
思いっきりいた。恥ずかしいので、さっさと部屋に入ろう。
「し、失礼します!」
「はーい。あ、生徒諸君は早いとこ講堂に行くようにしなさーい」
そう言われると、他の生徒達は蜘蛛の子を散らすようにその場を去っていった。
「アリスさん、もう回復されたんですね」
「ああ、当然全快さ。それだけ?」
学長席に深々と座り、首をかしげるアリスさんだった。見た感じ外傷の類いは残っていなさそうなので多分大丈夫なのだろう。
「はい、一言挨拶しておこうと思いまして。あの時はかなり大怪我されてましたから心配で」
「ありがとう、心配かけたね。でも、そろそろ時間だし行きなさい。講堂の場所はわかるでしょう?」
「アリスさんは出られないんですか?」
「私はやる事があってね。ちょっと無理かな」
「そうなんですか。じゃあ、失礼します」
「はいはい。ちゃんとやりなよ」
ぺこりと一礼し、扉を閉める。時計を見れば開始まであと5分しか無かった。全力でダッシュすれば床が燃えるので小走りで向かう。
「遅いわよサリア。どこいってたの?」
「クレアさん、すいません。ちょっとアリスさんに挨拶しに行ってたんですよ」
「後で行けばよかったじゃない。ギリギリに来るのはあまり良くないわよ?」
講堂に入り、席に座るなりクレアさんに注意された。すごく常識的なのでこれまた何も言い返せない。
「へぇ…。クレア様ってあんな喋り方するんだ…」
「以外ね…。あの方は何者なのかしら」
何か視線を感じるな…。クレアさんと私の両方に向けられているのか。
「クレアさん、何やら注目を浴びていますよ」
小声でクレアさんに注意すると、途端にクレアさんの纏う雰囲気が切り替わった。
「それはしょうがありませんわ。だって、貴女は美しいんですもの」
「えっと、いきなりどうしたんですか? キャラ変わりすぎじゃ…。ブフッ!」
駄目だ、吹き出した。いきなり物凄くキリッとしたキメ顔をされると、もう笑うしかない。余計に周りの目を集めてしまっているが、なんとか大声で笑わないで堪えることはできた。
「サリアさん? 最初に笑わないでと言いましたわよね? もうお忘れになったんですの?」
「痛い痛い。だって、ふふっ。あまりにもキャラが違うんですもん」
「お黙りなさい。そろそろ怒りますわよ?」
あっ、コレは割とマジでヤバい奴だ。若干殺気が漏れている気がする。
「ごめんっなさい。でも、本当に無理なんでふふっ」
「おい、そこの二人・・・。おほん、お二人とも静かにされてください」
私達の前に座っていた女生徒がこちらを向いて注意してきた。恐らく東洋の人物だろうか。長い黒髪をそのまま降ろしている人だ。そして、私達を咎めるように鋭い眼光を向けていた。
「「すいません」」
時計を見るとあと一分足らずで始業式が始まるところだったので大人しく謝り、そこで会話を中断した。
その後、始業式はつつがなく終わり、その日は授業が無かったのそのまま帰宅することにした。クラスはクレアさんと同じだったが、教室で隣になったのはさっき注意してきた人だったのですごく気まずかったとだけ言っておこう。




