始まりの夢
夢を見た。周りは一面の焼け野原。響く音はくぐもった鐘の音のみ。まあ、焼け野原とは言っても瓦礫の上に私は立っている。相変わらず嫌な夢だ。定期的にこの夢を見るが、何回見てもこの光景は好きになれない。いつも通り、その中を私は歩いて行く。地面には焼け焦げた煉瓦に混じって焼死体が転がっており、独特な匂いを放っている。立っている人間も鬼の形相を浮かべて殺し合っており、そこに性別や年齢は関係無く、ただ目の前にいる人間を殺すといった感じだ。
いつもはここで起床するのだが、今回は違った。街を歩いて行くと、見覚えのある建物が目に映った。だが、見るも無残と言った感じだった。見覚えのある建物──王宮は火に包まれ、兵士や侍女の悉くが地面から生えた何かの金属質の物体に串刺しにされて絶命していた。急いで父母の部屋、兄の部屋を巡るが誰もいない。そして、駆け込んだ大広間の惨状を見た瞬間に絶望した。そう、父母も兄も皆が私の目の前で殺されたのだ。下手人の姿は詳しくは分からないが、私は激昂したのだと思う。怒りのまま、無策に突撃した私の動きなど読まれていたのか、即座に首にその女(体のラインでそう判断した)の振るった刃が振り下ろされようとした瞬間、声を聞いた。
『これは貴女の未来。ヴェルディの辿る最後の光景。それを変えたければヴァルプルギスの夜に貴女を待つわ。来ないなんて無粋な事はしないわよね、クレア・ヴェルディ?』
その声を最後に私の首は無情にも胴体と泣き別れする──
「ギャアアアア! って夢か・・・」
直前で目が覚めた。しかし、炎の温度や首が切られる直前の恐怖は色濃く残っており、汗でシーツがぐっしょりと濡れている。まあ、私がいる部分だけだから問題は無いか。そのまま寝返りを打とうとすると背中に温かく柔らかい物が触れる。
「ん? ってなんでサリアと寝てるのよ?」
後ろを向くと、サリアがすうすうと寝息を立てていた。背中に当たっていたのは年甲斐も無く育った彼女の豊かな胸部だったようだ。まあ、いまは私の手に当たっているわけだが・・・。あれだけ大きな声を上げたのに起きないって事は少しくらい揉んでもバレないのでは・・・。
「んっ」
ばっと手を退けた。一瞬バレたかと思った。危ない危ない。もっと慎重に行かないと・・・。
そういう訳で慎重に揉んでみることにした。
「うわっ・・・。すごっ」
何というかヤバかったとだけ言っておこう。部屋は真っ暗なので、寝る分には問題ない。折角だからと、サリアを抱き枕代わりにしてもうひと眠りすることにした。その後夢は見なかった。
夢を見た。普段、私は夢なんて見ることは無いんだけど。
「こっちに来い。儂のほうに来るのじゃ」
私以外誰もいない、声も無い真っ白な風景。当然、声なんてするはずも無い。
「しとるじゃろうがたわけ。話があるからはよう来いと言っておる」
やけに可愛らしい声で老人のような口調の少女が呼びかけている。さっき心の声まで読まれた気がするが流石にそれは気のせいだと信じたい。
「気のせいなどでは無いわ愚か者! もういい、儂の方から行くからそこで待っとれ」
やはり中身は老人なのだろうか。やけに怒るのが速い人だ。大体、いきなり夢の中でこっちにこいとか言われても困る。
「ほれ、来てやったぞ。何か言うことは無いのか? 一応言っておくが、ここでも喋れるからな?」
「・・・ありがとうございます」
凄く不服だがお礼だけは言うことにした。ものすごく不服だが。
「いかにも不服ですと言う顔で礼など言うでないわ。儂の名はルナ。魂の魔法使いじゃ」
ああ、この人がイブさんの言っていたルナさんか。服は着物だろうか。身長はグレースさんの肩ぐらいまでしかないので、恐らくアリスさんより少し高いくらいだろう。なので、着物姿は似合ってはいるが見た目通りに子供っぽく見える。まあ、イブさん曰くグレースさんと同い年で、相当の場数を潜り抜けているうえに、魔法も相当何でもありのチートなので敵に回さない方が良いらしいが。
「はい、私はサリアです。いきなりで悪いんですけど、ルナさんはなんで私をここに呼んだんですか?」
「ほんとにいきなりじゃのう。まあ、説明は速い方がいいか」
やれやれといった感じで肩をすくめ、ため息混じりに言葉を発するルナさん。とことんイラッとくるが、私は動く事はできても魔法がここでは発動できないため、襲いかかっても負けるだけだと自分に言い聞かせて落ち着く。
「アレじゃ、ヴァルプルギスが始まるから気をつけよと言いに来たのじゃ。お主なら無知に突っ込むじゃろうし、グレースも面白がってそれを許可するからのう。事前に止めに来たのじゃよ」
「そもそも、ヴァルプルギスってなんなんです? 私はそうそう死にはしませんし、別に問題無いと思いますけど」
「ヴァルプルギスとは魔術師達が『魔法の残滓』を求めて争う大会みたいなものじゃ。昔は女しか参加できんかったのじゃが、ルールが変わっての。今は性別による縛りは無くなったのじゃよ」
「それなら、私が参加してもいいじゃないですか。一応ギルドでも魔術師で通してますし」
まぁ…魔法使いだと知っている人もそこそこいるがそれは割愛する。
「たわけ。だとしても魔法使い本人が参加したらバランス崩壊じゃ。それに、あの集会はどうもキナ臭い」
「キナ臭いってどうしてですか? 一応魔術師たちで大々的に行われる大会なんですし、ちゃんとしたルールがあるんじゃないんですか?」
「うむ、確かに厳格なルールが定められておるし、開催まで三ヶ月の準備期間も用意されておる。じゃが、どうも怪しい動きがあってのう。今回の『魔法の残滓』は『現実』を由来とするものなのじゃが、どうも怪しい。そもそもあの魔法は危険すぎるから残滓すら残さずに封じたはずなのじゃが、何故かそれが出てきておる。そして、それを出してきたのがダークエルフの連中というのがまたな」
ダークエルフ、確かこの大陸にダークエルフはいなかったはずだ。それに、魔法の残滓なんてものが存在するだなんて初めて聞いた。というか、グレースさん私に教えてない事多すぎじゃないか? 絶対あえて教えてない事とかまだたくさんあるだろ・・・。
「あー、その様子だとグレースから何も聞いておらぬのか?」
こくんと頷くと、ルナさんは苦々しい顔をして
「あやつめ、あまり過保護にしても無意味じゃというのに。何も学ばぬのか。全く、儂が今から説明してやろう。しっかり聞くのじゃぞ」
と言った。過保護かどうかは正直首を傾げるが、教えてもらえるのはとてもありがたい。
「魔法の残滓というのは、魔法使いが魔法を使った後に残るマナが何らかの影響で結晶化したもので、残滓という名の通り元となった魔法をほんの一部使えるようになる危険な代物じゃ。滅多に起こる現象では無い上に、その魔法使いが生きておったのも何百年も前の話である上に、魔法はそう簡単に手に入らんようにしておるからとんでも無い価値があるのじゃよ。わかったか?」
「はい、ありがとうございます。でも、それならやっぱり私が参加して誰にも手に入らない様にした方が手っ取り早くないですか? 私が手に入れたところで多分使えないですし」
ほんの一部でも危険な物なら私が参加して並み居る魔術師たちを軽く一ひねりした方が安全でいいと思うのだが。
「たわけ。そしたら必然的にお主の魔法の存在を大々的に公表することになるじゃろうが。終焉なんて言ってみよ。今はSランクなどと言われてるかもしれぬが、途端に差別・排斥の対象になるのがオチじゃ。儂等もそうじゃったしの。まあ、儂等は力で黙らせておったが今の世はそうもいかんからのう」
「でも、私なら魔術とか魔法なんて使わなくても普通に殴ればその大会くらい優勝できますよ?」
「いくら何でも舐めすぎじゃ。それに、お主はそもそも招待されんからの」
「じゃあ、なんで私にこの話を?」
わざわざ現れてこんな話をし始めたのなら当然何かしらの意図はあるのだろうけど、結局私はそれに参加できないみたいだ。本気で何の用も無しに目の前に現れるなんてことはあり得ないと思うが、真面目にただの気まぐれというのも十分にあり得るからな~。本当に質が悪い生き物だよなと思っていると頭をはたかれた。そういえば心読めるんだった。
「はぁ。お主もその質の悪い生き物じゃろうが。まあいい、ここからが本題じゃ。お主がこの大会でやるべきことはただ一つ。クレアを何としても守れ。付き添い程度はできるからの。彼奴には間違いなく招待が届いておるじゃろうし、参加すれば間違いなく危険に晒される。分かったか?」
「分かりましたけど、もう少し詳しく教えてくれませんか? 少なくとも何から守ればいいかくらいは教えてくださいよ」
「じゃから言ったろう? 儂が干渉すると時勢に大きな影響が出る。何から守ればいいのかは自ずと分かる。すまんが、これで以上じゃ。次にあったら恨み節でもいくらでも聞こう」
止める間も無く彼女は姿を消し、私の意識は今度こそ糸が切れたマリオネットのようにプツンと切れたのであった。




