再臨、元始の魔法使い
「でも、ここには一体何があるんでしょうか?」
下に下にと階段を下りながら私はクレアさんにそんな話を切り出した。アリスさんは真剣な表情で解析を行いながら歩いているため、こちらの話題に気を回している余裕が無いようだ。
「さあね。 先生に分からないものが私にわかる訳ないでしょ。 まあ、なんにせよヤバい物ってことは間違いないんじゃない?」
「そうですね。 いざとなったら私も全開で事に当たらないといけなくなるかもしれませんね。 ノアさんも場合によっては殺さないといけないでしょうし」
そう、場合によっては問答無用でノアさんを殺さないといけないのだ。一応知り合いではあるし、できるなら避けたいけど、恐らく無理だろう。どうしたって最後は殺し合いになるのだ。だからそんな情なんて要らない。心の内で自問自答する。そんな時だった。
「よし、ここの真下だね。 件のブツがある場所は! よし、一直線に行くから二人共私の服の端でも掴んでね」
「わかりました。 ほら、サリアも」
「はい、これでいいですか?」
立ち止まったアリスさんのローブの端々をクレアさんと二人で掴む。
「オッケー。 じゃあ飛ぶからそのまま動かずにね」
足元に魔法陣が現れ、光が私たちを包み込んだ。足元から感覚が消え、ふわりとした浮遊感を一瞬だが感じたが、次の瞬間にはもう地面に足がついていた。目の前を覆っていた光も消え、視覚が元に戻ってくる。そして、私が目を開けると大きな扉のある部屋だった。後ろにある元々の入り口らしき場所は巨大な岩で塞がれているようだ。
「よし、サリアちゃん。 その扉は壊しちゃっていいよ。」
「魔術じゃ壊せないんですか?」
壊せと指示されたが、私の魔法は過剰火力なのでは無いかと思ったので聞いてみる。クレアさんも隣で首を傾けているので、聞いてみて正解なのかもしれない。
「見た感じこの扉には、かなり強力な守護魔術がかけられていてね。魔術で壊すならかなりの火力を出さないと無理なんだ。君の魔法ならスパッと切るか、軽くぶつけるだけで破壊できるからね」
「なるほど、じゃあ早速。 せいっ」
魔法を発動して扉を殴りつける。バチバチッという音とともに扉から紫電が奔り、施されてた術式が破壊されていくのを感じる。 ある程度紫電が収まった後、扉を押してその先に進む。上層とは全く違い、壁には神話を象った彫刻が施されており、床にも紋様が描かれている。 奥には祭壇か何者かの墓に見える者が鎮座していた。
「これは…祭壇か墓所かしら? まあ、どちらにせよ神秘的な感じはするんだけど」
「そうだね。装飾品の年代を測って見たけど、おそらく一万年は前のものじゃないかな。 私が生まれる五千年前、神代後期の代物だ」
私がここに足を踏み入れて思ったことは今クレアさんが言った事と概ね一緒だ。一つ違うとするならば、グレースさんの家があるあの花園と同じ、芳醇な匂いが何処からか漂ってきたことだ。少なくともこの部屋の中だという事だけは間違いないのだが。
「サリア、何か変わった物でも見つけた?」
「いや、覚えのある花の匂いがしたんでそれを追っかけようと思って」
「花の匂い? まあ、そう言われればそんな匂いもするわね。 こんなところに花なんて咲いているわけでも無いのに不自然ね。うん、私は先生に言ってくるから無理しない様に探しなさい」
何か怪しい、危なさそうな物を見つけたら即報告する事を条件に探すことを認めてくれた。
「あら?あなたは誰かしら?」
───唐突に、背後から声をかけられた。気配も、前触れも無く現れた人影。私が件の匂いを追って探索を始めて十分満たずして起こった事態だった。 声質からして女性であることには間違いない。何処かで聞いたことのある声だが、今はそれに注意を払う場合ではない。
「そういう貴女は、私?」
振り向きながら相手に何者かを問おうとして息を飲んだ。そこにいたのは、私と瓜二つの女性。目の色は私の紅とは正反対の澄み渡る蒼。それ以外は服装と一部を除けばほぼ私と同じだ。
「いや、よく見たら私より胸が無いどころか絶壁ですね。 じゃあ、改めて貴女はどなたですか?」
彼女のその胸元は平坦であった。ほんの少しの膨らみも無く、風雨によって作られた断崖絶壁のような胸だった。私の周りに巨乳な人が割と多いから余計にそう見えるのかもしれないが。
「いきなり失礼じゃないかしら?どうやらゆっくりとお話しが必要みたいだから、落ち着いて話せる所に行きましょうか」
先程の優し気な声とは打って変わり、怒気を孕んだものになっている。
「いや、ここでお願いします。謝りますから!」
「それは聞けないお願いかな?」
彼女の足元から緑の線が円形に現れ、そのまま広がって行く。円の内側は床石では無く、緑豊かな大地に上書きされていく。不可解な現象に私が後ろに下がるが、円から出る直前に腕を掴まれて強制的に引き戻される。
「そんなに警戒しなくていいの。安心して」
やがて円は私の見える範囲全てに広がり、一瞬で収束。 気づいた時はどこかの城の庭園に立っていた。
「こっちよ。座ってね」
テーブルと椅子がそこに用意されており、彼女は紅茶を飲んでいた。無理に出ようとするよりも従った方がよさそうだと思い、大人しく対面に座った。
「それで、貴女は一体どこの誰なんですか? 貧乳の私モドキさん」
「生まれたのは私の方が先なんだけど。それよりはやく本題にはいらせて」
「はい、すいませんでした」
こほん、と一呼吸入れた彼女はどこからか取り出したクッキーを摘み、食べる?と皿を差し出してきた。せっかくだからとありがたく貰い、クッキーを食べる。それを確認してから彼女はしゃべり始めた。
「私の名前はイブ。決して貧乳の貴女モドキではないです。わかりましたか?」
「結構根に持つタイプなんですね。貧乳のイブさあいたぁ!」
「もうやめなさい。はあ、このしつこい感じはグレースを思い出すわね。知ってる?グレース、あの胡散臭いけど頼れる魔法使い」
「ああ、確かにグレースさんならこんな感じですね。お知り合いなんですか?」
「うん、同じ魔法使いなのよ。すごく昔の話だけどね。ところで、貴女はグレースとはどんな関係なの?」
そう聞かれたので、今までの出来事を掻い摘んで話した。具体的に言うと、グレースさんと出会ってからの事と、その前の私の事だ。話し終わった後に、彼女の魔法について聞くことにした。
「ところで何の魔法を使われるんですか?あ、私は終焉です。凄く物騒だから封印掛けられてるんですけどね」
「・・・・・・終焉か。いや、何でもない。私の魔法は『元始』、簡単に言うと貴女と正反対の事ができるの」
私の対になる力。つまりは全てを始める、または生み出すことができるという事だろう。それに、私の魔法を知った時に明らかに表情が強張っていた。それは一瞬の事だったが、間違いなく何かあるのだろう。
「それならこの謎空間も魔法で作ったんですか?」
「いいえ、私がやったのは世界の入れ替え。貴女がいた世界と私が今いる世界をひっくり返したの」
「ちょっと待ってください。あくまで何かを生み出したりするのが貴女の魔法ですよね」
「ええ、その通りよサリアちゃん」
「世界の入れ替えとかはグレースさんの魔法のはずなのにどうしてそんな事ができるんですか?」
そう、話を聞く限りの範囲での推測だが、空間を入れ替えたり転移するのはグレースさんの魔法なのだ。いくらイブさんでもそれは領分が違うはずだ。
「かいつまんで話すけど結構長くなるわよ?いいわねサリアちゃん」
その言葉に頷く。紅茶の入ったカップを空にしてからイブさんは話を続ける。
「昔々、一万年前の話、魔法使い達と最後の神となった唯一神の間での最終戦争があった。その戦いは幾月も続き、結果的に魔法使い達が勝利したものの、星に生命体はほぼ生き残っていなかった。そして、私が星に対して魔法を使って生き返らせた、正確には一度星が終わったからそれをリセットしてリスタートしたんだけどね。それで私の魂は飲み込まれたのよ。新しく始めた星では無く、古き終わった星、いわば神代の残骸にね。魔法ごと飲み込まれるのはマズいから何とか魔法を複製して石に封じ込めた物と肉体を残していったんだけど、やっぱり魂は戻ってこれずじまいになっているのよ」
「待ってください。ここは一体どこなんですか?その言い方だとまるで」
「ええ、私が飛ばされたのは異世界の日本って国だけど、貴女といるこの場所は異世界との狭間。私本人が来れる限界の場所ね」
「限界って、さっき普通に後ろから私に話しかけてきていませんでしたか?それなら普通にこっちに来てることになると思うんですけど」
腕を掴まれた以上間違いなく実体を持っていたはずだし、魔法も使用していたので偽物とかでは無いのは確かだろう。
「あれは端末、要するに私のマリオネットよ。私本人は無理だけど同じ姿の人形なら送れたから」
「今分かりました。イブさんってグレースさん並みに何でもありなんですね」
「ダンジョン自体は決戦前から作ってたけど、内装は端末を操作して作ったの。ついでに武器とか、防具とかも作ったかもしれないわ。とびっきり強いやつを」
「例えばどんなのですか?」
シンプルに気になったのでストレートに聞くことにした。魔法のせいで武器を持ってもすぐに消滅してしまうから滅多に武器を持つことは無いが、興味はあるし、心も踊る。
「そうねぇ。あらゆる防御を無効化する槍とかありとあらゆる攻撃を防ぐ鎧と盾とか、魔術を使えなくするアミュレットもあるわね」
「それって墓所みたいなあそこより地下だったりします?」
「もちろん」
なんか、猛烈に嫌な予感がし始めた。確かにあの部屋にノアさんが来た形跡も無かったし、気配も近辺に感じられなかった。ヤバい、急いで戻してもらわないと。
「すいません、元の場所に戻してください!」
「どうしたの?急に慌ちゃって。そんなに心配しなくても大丈夫だから。ほら、見なさい」
イブさんはスマホと言う道具を取り出し、その画面をこちらに向けてきた。そこに映っていたのはノアさんをボコるアリスさんの姿だった。
「大丈夫そうでしょ?でも、これで最後にする」
「なんでしょうか」
正直訳の分からない光景を見せられたばっかりで頭が混乱しているが、ここは聞いておく。あの様子なら別に私が戻らなくてもどうにかなりそうだ。
「グレースにこれを渡して、イブは元気でやってるって伝えてくれないかしら?」
「任せてください。イブさんとグレースさん達がどんなことをやって来たのかは知りませんけど、この手紙は必ず」
「ありがとう。 私は簡単には彼女達には会えないから、こうして誰かに託したかったの。」
「じゃあ、元の場所におねがいします。いつまでもここにいたらそれも伝えられないんで」
手紙を受け取り、出された紅茶を飲み干してから言った。・・・クレアさん達は戦闘してるのに何やってるんだと思ったが、半ば強制的に引きずり込まれた空間なので私は悪くないと言うしか無さそうだ。
「わかった。じゃあ私の手を掴んで、そのまま動かないで」
「また会えたらいいですね、その時はグレースさんも一緒に」
「ええ、その内会えたらいいわね」
連れて来られた時とは打って変わって、戻るのは一瞬の事。美しい庭園もイブさんの体温もすぐに消え、代わりに硬い石と硬質で冷たい温度を感じる。握っていたのはイブさんが人形と言っていた彼女の現身。イブさんはセーラー服とやらを身につけていたが、こっちの人形は純白のドレスに身を包んでいた。一旦壁に寄り掛からせて置き、人形の腿の上に手紙を入れた封筒を置いておく。私の戦闘で消えてしまったら大変だ。
「よしっ」
軽く頬を叩き、気合を入れ直す。戦闘音は間違い無くここより下層から聞こえて来ている。今必要なのは迅速に向かう事だ。周囲を見渡すと、明らかに先程は無かった道が増えている。考える間も無く私は駆け出した。




