閑話休題
サリアたちがダンジョンの上層にたどり着いたところのと同じころ、東方の島国桜麗にグレースは訪れていた。この国は竜人族が作った国であり、俗にいうドラゴンに変化できる竜人族と龍に変化できる龍神族が暮らしている。両種族の中は良好だが、基本的に他の国とは関わらないスタンスを取っている珍しい国家である。
と、説明したところで私──グレースは、友人の竜人であるクロに会っていた。
「やあクロ、元気にしてたかい?」
「おお、姐さんじゃねえか!今回は何の用で来たんだ?俺に力になれる事があったら言ってくれ!」
「いや、今日はちょっとルナと話があって来ただけだから、特に君の力を借りる事は無さそうだ。 また今度必要があれば手を借りようかな」
「分かったよ姐さん。帰る時には一言声をかけてくれよ。姐さんさえ良ければ乗せて帰るからよ」
「じゃあお願いしようかな?」
「おう!」
こういうところはドラゴンというよりは大型犬みたいだ。ぶんぶんと尻尾を振っているのが幻視できそうだ。
「じゃあ、私はこれで」
時を止めてクロの前から立ち去ったところで再び時を動かす。ルナの家までワープしてもいいが、せっかくだから久々にこの国を見て回るのもいいかもしれない。久しぶりに団子が食べたいし、茶屋にでも寄ろうかな。ルナには今日来るとか言ってないから、今日は食べ歩きに費やそう。そう思ってからの私の行動は速かった。
まず、この国の都である桜花にクロックアップして移動して最高級の旅館にチェックインする。幸い部屋は開いていたので、わざわざ過去を改変して私が予約したことにする手間が省けて良かった。
宿の部屋に入った後すぐ、空間にあけた穴から着物を取り出して着替える。郷に入っては郷に従えというやつだ。・・・万が一ルナにバッタリ出くわしたら厄介だなとか、少ししか思っていない。
一旦宿を出て、屋台で買った団子を食べながら気の向くままに歩く。時刻は昼、昼食を取るのにちょうどいい時間だ。団子数本で満たされるほど燃費がいいわけじゃないので、ガッツリ食べるのもいいかもしれない。高級料亭に行くことも考えたけど、質素な食堂の方が沢山の量を安く食べれるのだ。高級料亭の前を通り過ぎようとした時、店員のお嬢さんに呼び止められた。
「ご予約のグレース様ですね?座敷の方で連れの方がお待ちです。今から席までご案内いたします」
はて、予約なんてしていなかったはずだがどういう事だろうか?普通に人違いという線もあり得るので、確認してみよう。
「私は今来たばっかりなんだけど、その連れの方はグレースって人の事をなんて言ってたんだい?」
「確か、銀髪の異邦人で、とても美しい容姿をしていて・・・」
「うんうん、それで?」
ただ特徴を並べられているだけだとしても養子を褒められるのは悪くない。
「胡散臭さと怪しさ満載の、絶対に碌な性格してなさそうな着物姿の女性だと仰っておられました」
「なるほど、それなら私で間違いない。案内をお願いするよ」
一礼して私をその『連れの方』とやらが待っている座敷に誘導する店員。あのやろう・・・と思いながら座敷の襖を開いた。一切間違っていないところが余計にイラっと来る。また千年くらい殺し合いに使いたいのだろうか。向こうがその気なら付き合うのもやぶさかでは無いけど。座敷の襖をあける。
「やあ、ルナ。 あまり私のイメージを壊すようなことを言わないでくれるかな?」
「なんじゃ、そのくらいの事で文句を言うでない。それを言うならお主だって儂の事を永遠の幼女だとか、不変のつるペタロりじゃとか言っておるではないか。しかもヴェルディの建国史にもハッキリと書いてあるときた。それに比べたら大したものじゃないじゃろ」
胡坐をかいて、目の前にちょこんと座っている老人言葉で喋る黒髪黒目の幼女こそが、魂の魔法使い、ルナ・ヨミサカその人である。桜麗の文字で書くと、黄泉坂流奈となるらしい。
「それを言われたら何も言えないからやめて?あれは私の家臣の中でもトップクラスにイかれてたやつが陣頭指揮取って作ったものだから、なぜか私の言行録みたいになってるし」
「あー、そんな奴もおったのう。確かアリスじゃったか?」
アリスは何かとやらかす反面、国に対する貢献度合いも尋常じゃないのだ。例えば、魔動エンジンの開発だ。仕組みを説明するのは中々骨が折れるので割愛するが、その発明のおかげでこの国の工業は大きな発展を遂げることが出来た。特に交通面での発達が凄まじく、魔動列車の開発によって各種族の居住地を線路で繋ぐことにより、物資や人の効率的かつ安全な運搬の実現に成功。それを利用した兵器も着々と開発が進んでおり、他国との軍事力に圧倒的な差を生み出すことに成功している。
この発明だけでも直接、間接的に与えた影響はとんでもない物である上に、魔術式の開発でも名を馳せているため凄い人物であるのは間違いない。
「あいつは色々と国のために役立ってくれているんだけどね。建国史は最大級のやらかしってだけ」
「いや、だけじゃないじゃろ。あれのせいで当時の儂等のプライバシーとカリスマが全くのゼロじゃ」
「あはは、マジでうちの部下がすいませんでした」
あまりにも私の周囲に関する描写が正確すぎるため、ルナや他の種族のトップなどの建国に関わったメンバーの描写もかなり正確なのだ。どこまで書いてあるかというと、戦いに勝った後の宴での会話まで正確に書かれているといったレベルだからたちが悪いのだ。
「うむ。まあ何度かアリスの奴を葬ろうとしたからチャラでいいぞ?」
「そんなことしてたのかい?あんなのでも私の部下というか、君の次くらいには長い付き合いなんだけど」
衝撃の事実だった。でも腐れ縁が妹分を殺そうとしていたことは別におかしくは無いか。彼女が作ったのは、建国史という名の黒歴史暴露本だから、当時から今まで生きてる関係者達にかなりの恨みを買っているし。それこそちょくちょく果たし状が届くレベルで。
「そうか、確かにお主とあやつはかなりの付き合いか。まあ、儂ほどではないがの」
「ざっと二万年くらいの付き合いだから当然だろう?これほど長い腐れ縁はそうそうないだろうさ」
「違いないのう」
軽く思い出話に花を咲かせていたところで、料理が来た。ついでに酒も持ってきてもらった。
「懐石料理も久しぶりだなぁ。最後に食べたのは確か五年くらい前だっけ」
「儂は二ヶ月ぶりかのう。まあよい、とりあえず手くらい合わせんか。 この国のマナーじゃぞ?」
「分かってるって」
そう言って二人で手を合わせる。郷に入っては郷に従えということわざがあるが、あの言葉は正しい。ある意味この世界の心理を突いているかどうかは置いといて、
「「いただきます」」
今はこの料理を楽しむとしよう。本当は一人で食べにくるつもりだったが、この腐れ縁の親友と食卓を囲むのは悪くないものだ。
「ぷっは~!うん、やっぱりこの国の酒は美味い!!」
「ふっはっはっは!お主さっきから酒しか飲んでおらんではないか!まあ儂も人の事は言えぬがの!」
出された料理を一通り食べきった後、本来の用事も忘れて昼間っから飲んだくれる駄目女たちがそこにいた。摘みを注文している合間にも浴びるように呑む。元々酒には強いタイプなので、そうそう酔い潰れることは無いから、その点は大丈夫だ。
「それにしても、塩辛ってつまみにいいよね。個人的にはこれが一番桜麗の酒に合うと思う」
「確かに塩辛も旨いが、儂は豆腐も推すぞ?わさびに生姜、醤油など、様々な味付けがあって中々飽きさせんところが魅力的じゃ」
「それなら、餃子とかとんかつとかの揚げ物はどうだい?」
「おお!それもいいのう!」
いつの間にか話は酒によく合うおつまみ談義にシフトしていた。普通ならば割とすぐに決着がつくが、伊達に二人とも長生きしているわけではない。終いにはどの時代の酒にはどんなつまみがベストなのかを話していた。
「それで、本題ってなんだっけ?」
「確かあれじゃろ?ここ最近魔法を封印しているダンジョンに人間が入っているとか、そういう話じゃなかったかの?」
現在進行形で酒をぐびぐび飲みながらだが、ようやく本題に入った。結構重要な事を話している割に、お互いの表情は穏やかだ。
「そうそう、だからセキュリティを強化というか、ほとぼりが冷めるまで封印しようと思ってね。 良からぬ輩が魔法を手にしないためにも必要なことだと思うんだ」
「うむ、確かに必要な事じゃが流石に今すぐにという訳にはいかぬぞ?手始めに、ヴェルディ近郊の『元始』のダンジョンをスキャンしてみたが、中に二つの魂魄の反応がある。片方は間違いなく、『終焉』の少女じゃ。 確かサリアといったかの」
「そうか・・・じゃあ封印はサリアが出てきた後にしよう」
「そうじゃの。ああ、今度儂にもサリアに合わせてくれぬか? 何かと正反対なのであろう?」
ニヤニヤして言ってくるルナ。
「ああ、主に胸部の差は歴然だ。イブが見たら悔し泣きするんじゃないか?」
イブ──『元始』の魔法使いにして、一万年前に出会った私達の親友だった人物。五千年前の決戦で神を殺し、荒廃した世界を再び蘇らせるために命を捧げた女。サリアと瓜二つの容姿をしていたが、こっちは貧乳だった。……最後のは余計だったかもしれない。
「そうかそうか! もしサリアを連れてくるのなら、お主のわーぷなどではなく、ちゃんと道中を楽しませてやるのじゃぞ? あれは便利じゃが、旅の醍醐味をガン無視じゃからのう」
「了解、連れてくるときはそうするよ」
「うむ、承知した! ならばまた店を変えて飲まぬか?まだ話すことは山程あろう?」
「いいね、でもどこに行くんだい?私は夕方には宿に戻らないと行けないんだけど」
「宿は何人部屋なのじゃ?」
「広いほうが落ち着くし、そこしか空いてないって言われたから二人部屋だけど」
「じゃあ儂も泊まっていいか?宿の店員にそれっぽい事情を話してお主の了解があれば多分行けるじゃろ」
「わかったよ。じゃあ行こうか」
「うむ」
ルナの手を引っ張って座敷から出る。この場はルナが奢ってくれるというので、遠慮なく奢って貰った。お返しに宿の代金は私が払おう。
クロに送るのは明日でいいと伝えてから宿に戻る。交渉はルナがいるだけで速攻で終わった。流石は伝説の魔法使い様である。
その後は特に語ることは無い。部屋で酒を飲み、貸し切った風呂で月を肴に酒を飲み、夕飯と共に酒を飲む。
「そういえば思い出したのじゃが、サリアが入っているのってイブが作ったダンジョンじゃろ? イブのやつが化けて出たりせんかの?」
なんてことの無いように話すルナだが、その表情には少しの期待が含まれていた。
「それは君が一番わかってるだろう?第一、出たところで話すことなんて無いさ。」
務めて冷静さを保ちながら、苦笑いで返す。だが、ルナにはお見通しだったみたいだ。眉根を寄せて、ジト目でこっちを見つめていた。
「たわけ、表情でわかるわ。本当は逢いたくて逢いたくてたまらぬのじゃろ?そして願わくば」
「今度こそ一緒に死にたいなんて思ってないけど、一人で逝かせてしまったことを謝りたい。ルナだってそうだろ?」
ルナの言葉に重ねる様に続きを言った。私だってルナの思考ぐらい読める。
「ああ、確かにそうじゃのう。会って謝りたい。あやつの魔法だけは回収できたが、いくら時間を巻き戻して、体だけを復元しても生き返らんかったからのう。」
そうしているうちに、夜も深くなってきた。お互いに眠気もピークに達して来たし、そろそろ眠ろう。
「続きはまた今度話そう。私ももう眠い」
「そうか。ではおやすみ、グレース」
「ああ、おやすみなさい」
そう言って二人とも床につく。酒がまだ残っていたのか、二人とも眠るのはあっという間だった。
そして、その晩は珍しく夢を見た。イブの話をしたからか、五千年前の最終決戦の場面だ。
天は赤く染まり、大地は溶けている。生物は死に絶え、空に浮かぶのは私達と忌々しき最高神だけ。
その神も複合魔法により完全に消滅させることが出来たが、払った代償は何よりも大きかった。人々を支配していた神々は打倒されたが、戦争に巻き込まれた人間も魔物も等しく絶滅寸前にまで追い込まれていた。星を丸ごと巻き込んだ神々と人の戦争は人の勝利に終わったが、結果的に神々も人もどちらも共倒れになり、後に残されるのは荒廃した大地のみになると思っていた。
『じゃあ、後は私がどうにかしないとね』
荒涼とした大地に触れながら、イブは私たちに向かって言った。
『どうにかって、どうするつもりなんだい?』
『私の魔法で、また世界を『始める』。これでこの星を、命に満ちた状態に戻せる」
何かの覚悟を決めた表情で魔法を発動させようとしている。時を止めて近づき、発動するのを止めさせた。
『そんなことはしなくていい、私が時間を巻き戻す。私達の記憶と能力を保持したまま、決戦の前に巻き戻す!なぁに、またこれと同じ状況になったら上手くいくまで何十回、何百回とやり直せばいいだけの話だ!なのに…、なのに君一人が犠牲になる必要なんて無いんだ!」
だから、やめてくれ。と言いかけた口に指をあてられる。
『それで苦しむのはグレースじゃない。そんなの、私は嫌よ』
『なら、他に方法を探そう・・・。何かあるはずだろう?』
『でも、グレースだってわかってるんでしょう?きっと何回やり直してもこの結末は変わらないってね。』
そんなのは分かってる。ただ逝って欲しくないだけだ。ここを逃したら二度と会えなくなってしまう。
『もう、泣かないでよ。そんな顔されたら、こっちだって行きたくなくなるじゃない』
『なら、行かないでよ!ううっ、ああ、子供みたいってわかってる。でも、それでも嫌なんだよ! 君一人を犠牲にして世界が救われるんなら、そんなのはいらない!それなら滅びたままの世界で暮らした方がいい!だから、行かないで、お願いだから・・・」
顔を涙でぐしゃぐしゃにして懇願する。そんな私を突き放すようにアリサは最後にこういった。
『バイバイ、グレース。今までありがとうね。あと、私は貴女を、みんなを愛してる。最後にそういえて良かったな』
そう言った彼女の顔は、出会った頃と何一つ変わらない眩い笑顔で、一筋の涙を残して光の中に消えていった。あまりの輝きに目を閉じ、ある程度目が回復してからまた目を開く。
そこに広がっていたのは、どこまでも続く花畑。他の魔法使いたちもそこに倒れている。やはり、そこに彼女の姿は無かった。現実を認めきれずに彼女が最後に立っていた場所の周りを見渡す。
ふと、ポケット中に異物感を感じた。急いでそれを引っ張り出す。中に入っていたのは、イブがいつも肌身離さず首に下げていたネックレスで。
『うう、あああああああああああああああああああ!』
現実を突きつけられ、私はただ泣き叫んだ、ところで目が覚めた。
「ああ、嫌な夢を見たなあ。いい加減吹っ切れたと思ってたけど、やっぱりあの場面だけは耐えきれないねぇ」
頬に触れると、やはり涙の感触を感じる。この夢を見ると、いつも泣いている。
「これとも長い付き合いだしね」
続いて、首元からネックレスを取り出す。大きなサファイアが中心についているが、チェーンはシンプルな物だ。そして、形見でもある。
「まったくじゃ。おぬしが住んでおる場所とも同じくらいの付き合いじゃろうて」
「いえてる」
あの場所はイブが逝った場所であり、あの花が咲き乱れている場所を世界から隔絶させて、時間を止めている場所だ。
「ていうか、起きてたなら言ってくれよ」
「うん? 貴重な物を見れそうじゃったし、儂に起こす理由も無かったしのう。役得というやつじゃ」
「私の泣き顔なんて君にとってはそう珍しい物でもないだろ?それともあれかい?また千年ばかり殺し合いに使いたいのかい?」
「今はそれ程暇しとらんから却下じゃ。それより朝餉ができとるみたいじゃぞ。はよう着替えて食べようではないか」
そうして、私達の一日は相も変わらず過ぎていく。一度は滅びたこの世界。彼女が残し、己と引き換えに蘇らせたこの世界で生きるために。




