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早朝にアル=ヴァルディのテントに向かう。正確には彼のテントの裏に、だ。そこには木や動物の骨を吊るした紐が幾重にも張り巡らされ、封鎖されている道がひっそりとある。彼のテントがその秘密を護っているかの様た。
ガイ=オーラムに続きその入り口を分け入ると、吊るされた骨や木がぶつかり、ガラガラと音を立てる。その先は無骨な細い石畳が続いていた。暫く進むと、木々の間から、重々しいピラミッド状の石造りの建物が見えてきた。
階段の下部には蛇の様な生き物の頭が彫刻されており、ウネウネと上部へ導く様に階段が続く。古い石の階段に足を掛けると朽ちた欠片がパラパラと砂になって落ちた。
神殿の中はジメジメとしていて、どこか肌寒い。小さな窓から外の光が射し込んで薄暗く内部を照らしている。
ナディル達の靴音と上から滴る水音が神殿内に響く。カリュウは不安そうにきょろきょろと辺りを見回している。
奥に進むにつれてガイ=オーラムの尻尾が忙しなく揺れる。大きな耳が引っ切り無しに動き、明らかに何か動揺している様に見える。それを隠しきれない素直さがなんだか愛らしい。
「ガイは何度かここへ来た事があるの?」
ガイ=オーラムの落ち着かない様子を不思議に思ったナディルが尋ねる。
「勿論ダ!オレは親父の息子ダゾ!」
ガイ=オーラムは少し怒った様に答える。
どうやら、この神殿は無闇に誰でも入れる訳では無さそうだが、彼は何度か来た事があるらしい。きっと宝珠の事でガイ=オーラムは緊張しているのだろう、と思った。
口数少なく奥へと進むと最深部へ辿り着く。そこには長方形のテーブル状の祭壇が作ってあり、正面の掘り込まれた壁に宝珠が祀ってあった。天井は高い吹き抜けになっていて、太陽の光が祭壇を照らしている。祭壇には赤黒い染みが幾つも付いていて、長年に渡り何度も何らかの儀式に使われた事を物語っている。
その汚れた祭壇とは対照的に、宝珠の周りは細部まで丁寧に彫られた狼の彫刻が施されていて、主である宝珠を守っている様だ。黄金の宝珠は、光が当たる毎に珠の奥で閉じ込めたら金の粒子がキラキラと魅惑的に蠢めく。
「オマエ、こっちに来イ」
ガイ=オーラムは祭壇の前に立ちカリュウを手招いた。
カリュウは不思議そうな顔をしながらもガイ=オーラムに従い、彼の前まで進む。
「……スマン」
ガイ=オーラムは聞こえない程小さな声でカリュウに耳打ちすると、突然彼女を押さえつけて祭壇に横たわらせた。
あまりに突然の事で、カリュウはその勢いのまま思いっきり頭をぶつける。
「っ痛!」
鈍い音と共に、カリュウの声が祭壇内に高く響く。
「カリュウ‼︎」
「ちょっと、何するの‼︎」
カハクが悲鳴の様な声を上げ、カリュウが叫ぶのと同時に、ガイ=オーラムはカリュウの肩を押さえつけた。そして腰に下げていた小形の斧を彼女の首に押し当てた。まるで獣の牙の様な半月型の刃が彼女を襲う。
「シロガネ‼︎」
ナディルが走り出そうとすると、ガイ=オーラムの叫び声が響き渡る。
声の余韻が残る間に、銀色の影がナディルの前に立ち憚った。
絹の様に細い白銀色の髪が揺れ、その奥から銀色の瞳が光る。滑らかな象牙の様な肌。柔らかに揺れる銀糸の間から尖った耳が見え隠れする。
ーー妖精の子供!
ナディルは自分の目の前に突然現れた少年を睨め付けて思考を巡らせる。
王宮で見慣れてはいるが、外で精霊を見掛けるのは珍しい。ましてや獣人の大陸で出会うとは思ってもいなかった。
歳はガイ=オーラムと同じ位だろうか。背格好は少年の様だが、精霊は怖ろしく長命だ。彼の実際の年齢はわからない。
彼の纏った白磁色の薄布がゆらりと揺れる。片足を半歩引いた軽やかな身のこなしに寸分の隙も無い。美しく整った顔に切れ長の吊り目が鋭くナディルを睨みつけてくる。
顔の近くまで上げた両手には鋭い氷で形作られた短刀が握られている。
恐らく、氷の魔法の使い手なのだろう。精霊は必ず何かしらの自然の恩恵を受けている。しかし氷魔法とは水と熱、両方のコントロールが必要な為、難しい魔法だ。彼は素晴らしい才能の持ち主か、特殊な環境で育ったか、どちらかであろう。どちらにしても油断は出来ない。
「ガイ‼︎これはどうゆう事だ‼︎」
ナディルは“シロガネ”と呼ばれた精霊の少年から目を離さず、ガイ=オーラムに呼びかけた。ガイ=オーラムは声を低くして答える。
「神殿には生け贄が必要ダ。宝珠の為、贄にナレ」
ガイ=オーラムが斧を持った手を振り上げる。柄の端に結ばれた朱色の織物が宙を舞う。
「やめて‼︎」
ライナはナディルの後ろから叫んだ。
カハクは蒼白な顔をして動けないでいる。
ーーどうしよう、此処からじゃ間に合わない……‼︎
ライナは自分の無力さに激しく苛立つ。もう自分の目の前で誰かが死ぬのは嫌だ。どうしたらいい?どうしたら間に合う?
ライナは咄嗟にカリュウの方へ走り出そうすると、妖精の少年が身を低くして今にも飛び掛かりそうになる。ライナはナディルに腕を押さえられる。
カリュウは動かず、しかしその光る刃から目を離さずにいた。
ーー私はこんなところで死ぬ訳がないのよ
ゆっくりと振り下ろされたガイ=オーラムの手がカリュウの頭の上でピタリと止まる。
辺りが一瞬真っ暗になったかと思うと、目が眩むほど真っ白に光り、鼓膜を破るほどの轟音と共に地面が揺れた。空気がビリビリと振動している。
最初、何が起きたのかわからなかった。
ガイ=オーラムが祭壇から吹き飛ばされ、そのまま壁に当たって蹲っている。
「天が怒っている……」
妖精の少年が祭壇を振り返り、張り詰めた声で呟いた。
「私は、こんなところで死ぬ訳が無いのよ!」
細かな光の粒子と砂埃が舞う中、カリュウの影が見える。彼女はガイ=オーラムの方へ大股で歩き出す。そして肩を震わせながら叫ぶように声を荒げた。
「生け贄……?笑わせないでよ!必要なら自分でなりなさい!」
カリュウは眉を顰めながら鼻で笑い、足元で腰を抜かした様子で転がるガイ=オーラムを見下げる。
「私を誰だと思っているのよ!私は、神の国、トレパイルの司教、褐瑠よ‼︎」
皆が茫然としてカリュウを見つめる中、ナディルの影が音も無く蔦の様にするすると伸びて、ガイ=オーラムと精霊の少年の身体を捕らえた。影の蔦は幾重にも重なり、2人は真っ黒に覆われていく。
「何だ、こっ……!」
最後まで言い終わる前に、ガイ=オーラムは黒い塊になり、その場に倒れ込んだ。
妖精の少年は身を捩り、何とかガイ=オーラムの方に向く。彼の方が魔法の掛かりが遅い。それだけ魔法に対する抵抗力が強いのだ。
「おいっ‼︎ガイ‼︎」
妖精の少年はガイ=オーラムを呼ぶ。
「殺してはいないよ」
ナディルは冷徹な声で静かに言うと、祭壇へと近付いていった。
妖精の少年はきつくナディルを睨み返す。
「説明してもらおうか」
ナディルは微笑みを返した。




