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儀式も終盤になり、集落の中心の営火に人々が集まってくる。ナディル達の前には大きな植物の葉や刳り抜かれた木の器に乗せられた料理が運ばれてきた。
料理は何れも色鮮やかで繊細だ。
ライムの酸味が効いた爽やかなスープの中にはごろごろした様々な種類の豆が入っている。トウモロコシの粉で作られた薄く平たいパンの上には、炒められた挽肉と鮮やかなマゼンタ色のキャベツの酢漬けが乗せられていて、葉皿の緑とのコントラストが何とも美しい。バナナの葉で包んで蒸された鶏肉は独特な香辛料の匂いが鼻を擽る。
正直、ライナはもっと材料の原型がわかる様なものを想像していたので、美しく彩られた料理達に感嘆した。
いつの間にかテントから出て集まってきた人々は、火を囲み各々に踊ったり祈ったりしている。
ライナは気を張って疲れた様子のシャヒを膝の上で撫でながら、ナディルに尋ねた。
「さっき、呪術師のテントの中で、何か聞こえた?」
ナディルは暫くライナを見て、首を横に振った。
「何も」
そしてオレンジの飾られた豚肉の炭火焼きを丁寧に切り、ライナの皿に乗せると流暢に喋り出した。
「人の意識は9割を占める非論理的な潜在意識と、覚醒時に論理的に思考する顕在意識とで構成されているけど、意識レベルの批判能力を除外して潜在意識レベルに誘導することで催眠状態にできるんだ。
催眠状態では意識が狭窄しているから、外界からの刺激や他の概念が意識から締め出され、1つの事象が意識を占領することによって、暗示のままに動かされる。この暗示によって様々な幻覚を見る事があるんだ」
眉間に皺を寄せ必死に考えるライナを見て、くすりと笑いナディルは続ける。
「難しい事言っちゃったね。つまり、あれは催眠の一種だと思う。
煙で視界を濁らせ、炎の熱と急激な温度変化で意識レベルを低下させる。更に耳慣れない言葉で聴覚を塞いで、甘ったるい匂いに慣れさせ外界からの刺激を遮断し、自我を曖昧にさせる。
人は知らない言葉から無意識に自分の知っている単語を拾おうとすから、きっとライナにとって印象的な言葉が残って聞こえたんじゃかいかな。それによって深層心理に眠る幻覚も見たりしたんじゃないかな」
何となくわかった様な気がしながらライナはナディルの取り分けてくれた肉を口に運ぶ。柔らかい肉は口の中で酸味の混じったオレンジの甘さと共に解ける。
つまり、ライナが見たのは自分自身の深層心理で、あの人が喋りかけてくれた訳ではなかった。
ーー私が声を聞きたいと思っているのかな……?
ナディルは何も見なかったのだろう。呪術師の思惑がわかっていたから。……本当に何も?
いつもみたいに優しい顔をしているのに、何処と無く物憂げなナディルの顔をそっと盗み見る。
その隣ではカハクとカリュウが乳白色のお酒を傾けながら料理を啄ばむ。
「カハク、私、さっき夢を見たの」
頰を桃色に染めたカリュウが呟く様に言う。
「私達が小さい頃一緒にいた夢と……お母様の夢よ」
カリュウは“助言者”と言おうか迷って“お母様”と言う言葉を選んだ。カハクの前では其方の呼び方の方がしっくりくると思ったから。自分達の幼い頃を思い出していた。あぁ、自分は甘えているな、と思いながらも。
「あの頃は、楽しかったわね。難しい事はあまり考えずに居られたから。色々なしがらみとか関係なく、子供で居られたから。
ねぇ、カハクも見たでしょ?懐かしかったわね」
当然と言いたげな口振りのカリュウに同調した方がいいのかなと思いながらも、カハクは別の答えを口にする。
「私は、何も見ていません。
ああゆうのは、何と言うか……慣れているので」
カハクはにっこりとカリュウを否定する。
彼女の能天気で無邪気な子供の頃を思い出して、つい意地悪な答えを選んでしまった。だって、そんな風に思っていたのはカリュウ1人だ。
実際にカハクは何も見なかったし、何も聞こえなかった。似た様な手法は司教も使う事があったから。つくづく自分は救いの無い場所に居たなぁと切なくなる。
カリュウは軽いショックを受けた。
自分とカハクが違うなんて。カハクに自分を拒否されたみたいで悲しくなった。
「そう……ならいいの」
カリュウは平静を装い、消え入りそうな声で答えた。
その夜はとてもいい天気で空には雲一つ無かった。空気が澄んでいて、天に散らばる星達も美しく瞬いていた。王都では見る事の難しい小さな星達でさえも宝石の様に見える。そしてその天に君臨する煌々と光る白銀の月。美しくて吸い込まれそうになる。ライナは目が離せなくなる。まるであの人に見られている様な、あの人を魅入っている様な、そんな気分になる。美し過ぎて、不安になる。今迄はあんなに頼もしく思えたのに。月だけが自分の味方だと思えたのに。私は変わってしまったのだろうか。其れはいけない事なのだろうか。わからない。でもきっと大丈夫。私の他に皆んなが居る。明日はきっと上手くいくはず。そう自分に言い聞かせる。
儀式と言う名の宴が最高潮に達する中、炎の向こう側で呪術師がガイ=オーラムに密やかに耳打ちをしていた。




