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セブンス エッダ  作者: りん
密林を流れる赤い水
94/118

3

儀式は一日中続けられた。

まずはナディルとカハク、ライナとカリュウに分けられ、身の引き締まる冷たさの池で入念に身体を洗われた。

ガイ=オーラムはナディルとカハクと一緒に水を浴びる。しっかりと鍛えられたナディルの身体には古い傷が幾つも残っている。色々と無茶をしてきたのだろうか。


「オマエ、見た目よりイイ身体だナ」


ガイ=オーラムはナディルの背中をバチンと叩く。


「痛いよ、ガイ」

「オレには負けるけどナ!アハハハ」


そう言う彼の身体は確かに無駄も隙も無かった。鍛え抜かれた肉体を堂々と晒しながら戯れるガイ=オーラムとナディルを見てカハクが微笑ましそうに言う。


「楽しそうですね」


カハクの身体は傷一つ無く、陶器の様に真っ白な肌で、長い金色の髪が美しく映える。男か女か、性別を超越した美しさがある。

ガイ=オーラムは不躾にカハクを上から下まで見る。獣人にはこう言った類の人種が居ない。


「オマエ……本当に男カ?」




少し遠くから聞こえる賑やかな声を耳にしながら、ライナとカリュウも沐浴をする。


「何だか楽しそうね」


カリュウが声の方を見遣って言う。彼女は慣れた手付きで身を清めていく。

シャヒは近くの木に止まって休んでいる。

ライナもカリュウを真似てみる。こうして見ると、カハクと似ていてなんだか恥ずかしい気持ちになる。水は(かじか)む様な冷たさなのたなにどこか気持ちいい。ここの水は王都と違う。澄んでいて濃い自然と逞しい野生の匂いがする。



清めが終わった後は呪術師のテントへと連れて行かれた。そこでガイ=オーラムや他の獣人達の様に、体中に模様を施された。植物を練って作られたどろっとした液体は、皮膚に触れると冷んやりとして気持ちがよかった。口元を薄布で覆った綺麗な女性達が丁寧に一筆ずつ描いていく。きっと一つ一つに意味があるのだろう。願いを込めるかの様に彼女達は描いてゆく。ライナは、そのしなやかな仕草に見惚れていたが、これ、暫く落ちなかったらどうしよう、と不安になった。

模様が描き終わると、色鮮やかなビーズで飾られた紐をあちこちにグルグル巻かれ、あの甘ったるい煙の充満している部屋と連れていかれた。そして中央に赤々と燃える炎の前に座らされる。

そこで深くマントを被った人物が現れ、聞いた事の無い言葉の祝詞を唱え始めた。(しわが)れた声からして高齢の女性であるように思うが、薄暗い部屋と充満した煙で確認はできない。

彼女が手に持った木の棒を振るたびに、装飾品がガラガラと音を立てる。その音が頭の中で木霊してだんだん意識が朦朧としてきた。自分が今、どこにいるのかが曖昧になる。ふわふわと

宙を舞い、ぐるぐるとわ回されているみたいだ。


遠くの方で声が聞こえてくる。

でも遠過ぎて良く聞こえない。


ーー何?


ライナは聞き返そうと声を出そうとするが、息が苦しくて声にならない。


靄がかった視界の奥からあの満月みたいな瞳に見つめられている気がする。

待って。まだなの。まだ約束は果たせない。まだ答えが見つかっていない。

でも、もう少しでわかる様な気がするの。


ライナの中で沢山の記憶が混沌として駆け巡る。


澄んだ水の音、冷たく心地良く肌を撫でる風、月光の光。水面に映る二つの影。


何もない私に“名前”を与えてくれた。


あの場所で強く願えば、貴方はいつでも来てくれた。

私の想いをじっと聞いてくれて、私の疑問に手を引いてくれて、考える事の大切さ教えてくれた。

清らかな水の様な、見守る月の様な、包み込む森の様な存在。


冷たい石の部屋。何も無い部屋。殺伐としていて、此処は自分の居場所ではないと主張してくる。


そして、丘の上の古い木。月の綺麗な夜に埋めた遺体と秘密。


あの時、あんなに強く呼んだのに、来てくれなかったのは何故?

私が彼に心を許し始めていたから?

彼や世界を大切に思う事で、私の中での貴方の存在が少しずつぼやけていってしまったから?


ーーこれは罰?


違う。貴方の存在はそんなにちっぽけなものなんかじゃない。

そんな事は貴方にとってはくだらない事。

ただ、彼が死ぬ運命にあっただけ。世界の必然だっただけ。だから貴方は其れを助けなかった。手を貸さなかった。ただ、見ていた。ただ、それだけ。


私は無力で、何もできなくて、何にもなれなかった。時間が止まって、私はただ息をしているだけだった。何にもなれない私は、それでもただ、のうのうと生きていた。世界が凍りついて壊れそうで、重くて、痛くて、捨ててしまおうかと思った。


でも、貴方は私に花をくれた。貴方は私にその花の名前を教えてくれた。


だから私は今此処にいるんだ……



ライナは急に我に返った。薄紫の煙の中で、煌々と光る炎を胸が締め付けられる思いで見つめた。


隣でカリュウが苦しそうな顔をしてゆらゆらと揺れている。

ナディルは目を見開いたまま炎を見つめていて、彼の隣でカハクは背筋を伸ばしたまま静かに目を瞑っている。


その様子を祝詞を唱える呪術師が横目で吟味する様に見ていた。




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