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道無き道をガイ=オーラムはずんずんと進んで行く。湿った緑の匂いが濃くなっていく。油断すると、大きく肥大した木の根に足を取らせそうになる。立派な太い木の幹には赤胴色の蔦が絡みついている。チィチィと聞き慣れない鳴き声に空を見上げると、嘴の長い、美しいエメラルドグリーンの鳥が飛び立って行った。鳥に気を取られていると、細長い大きなシダの葉が腕の傷を掠めた。見た事の無い植物達に囲まれて、興味深く、しかし、転ばない様に慎重に歩く。
ふと、真っ白な花が目に飛び込む。10枚の細長い花弁が行儀良く円を描き、その上に細長い針の様な副冠が放射線状に広がる、何とも美しい花。
ーーあの、日時計みたいな花……
やはり、美しい。でもその花はライナを小さな探検から残酷な現実へと引き戻す。
「着いたゾ」
ガイの声で前を見ると、木々の隙間から開けた空間が見えた。
そこには円錐状のテントが幾つも並んでおり、灰白色の鞣した皮の天幕にはガイ=オーラムの身体に描かれたそれに似た、幾何学的な模様が描かれている。テントの大きさは様々だが、入り口は全て同じ方角を向いており、動物の骨や蹄が掛けられている。
外を歩く獣人は殆どおらず、テントの中から様子を伺っている様で、ひそひそとした空気と警戒に満ちた冷ややかな視線が痛い程伝わってくる。
奥に進むと、一際大きなテントが目に入る。天蓋の模様も他のものより細密に描かれている。誰が見ても、他とは別格の、この集落の権力者のものだとわかるだろう。
ガイ=オーラムは躊躇する事無く、入り口に掛けられた重々しい黒茶色の毛皮に手を掛けた。毛皮の脇に吊るされた幾つもの角や蹄の連なった飾りが揺れて、カラカラと乾いた音を周囲に響かせた。
「親父、入るゾ」
そう言って入り口の毛皮を思いっ切り捲り上げる。ガイ=オーラムに続き、ナディル、ライナ、カリュウの順に中に入った。
内部は薄暗く、甘ったるい匂いの煙りが立ち込めている。入り口から入る光に踊る紫煙がゆらゆらと姿を現わす。
床には黄土色、緋色、濃藍色を基調にした菱型や三角形の幾何学模様の織物が敷かれている。
中央には大きな囲炉裏があり、仄かなオレンジの灯がチラチラと見える。両の壁際には木の実でできた珠のれんが掛けられていて、女の獣人達が寝そべっているのが隙間から見えた。彼女達はガイ=オーラムと同じ様なペイントを身体中に施していて、半裸に装飾品をふんだんに纏い、艶めかしく水煙草を燻らせている。このテントに満ちている甘ったるい煙はそこから来ている。
ライナは自分の未だ知らない大人の秘密に触れた様な気分で、ドキドキしながらそっと奥へ進む。
奥には薄い布の仕切りがしてあり、向こう側に人影が見えた。
ガイ=オーラムはその前で立ち止まった。
「客人ダ。謁見してクレ」
「……あぁ、入レ」
ガイ=オーラムの声に応えて、低く唸る様な声が返ってくる。
ガイ=オーラムはそっと薄布を捲り、ナディル達を招き入れる。
再奥の、一段高くなった場所に、その人物はどっしりと座っていた。
シルバーの長く伸びた髪に、此方を向いた大きな耳。前髪の隙間から見える黄金の瞳はガイ=オーラムと同じ色だが、彼には無い重々しい威厳に満ちている。浅黒い肌には深い皺が刻まれているが、がっしりとした骨太の体格はここの長である事を物語っている。ただそこに座っているだけ、それなのにそのオーラに圧倒される。これがかつてはこの大陸を納めたと言われる王狼の長。
「お初にお目に掛かります。竜妃ウォーラの遣いで参りました、ナディルと申します」
ナディルは右手を胸に当て、深々と頭を下げ名乗った。
「王狼の一族の長、アル=ヴァルディだ。
竜妃には昔、世話になった。息災カ?」
低くくどっしりとした声が返ってくる。
「はい。ただ公務が忙しく、アル=ヴァルディ様に直接お会いできない事を残念に申しておりました」
「我も彼奴も偉くなっタ。昔の様に、そう簡単には留守にできん。仕方無い事ダ」
アル=ヴァルディは残念そうな声で遠くを見て言った。
「……長い冬か。アレが続くと我等も飢えて滅びル。
明日、宝珠を取りに行くがヨイ。儀式は半分済ませてあル」
彼の説明によると、彼らの一族は何事も“儀式
”、“神”、“神のお告げ”を守り、繁栄してきたのだそうだ。つまり、今回、宝珠を取りに神殿に向かうのも、事前の“儀式”が必要な様だ。
「ガイ」
アル=ヴァルディは強く芯のある声で呼ぶ。
「彼等を案内してヤレ。
宝珠は持ち主を試ス。オマエが選ばれなかった時は亡骸を持ち帰って貰エ」
アル=ヴァルディは白い牙を見せて無邪気に笑った。笑うとその顔はガイ=オーラムに似ていた。




