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セブンス エッダ  作者: りん
密林を流れる赤い水
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1

 深緑の中に迅る馬の蹄が響く。呼吸は荒く早くなっていくばかりだ。

 矢のように鋭い爪が行く先を拒む様に襲い掛かってくる。



 ライナとナディル、シャヒ、カハク、カリュウは宝珠を求めてアルフヘイムの大陸に来ていた。


 精霊の地(アルフヘイム)とは名ばかりのこの地は、未開の地とも呼ばれ、数多くの獣人達がそれぞれのコミュニティを成している。彼等は縄張り意識が強く、外部との接触を好まない為、未知な部分が多いことがあるその名の由来だ。

 精霊と獣人は仲が悪い。元々居た精霊達を追い出してこの地を手に入れたからだとか、乱暴な獣人達の気質に合わず精霊達が出て行ったからだとか言われている。

 その中でも古くから竜妃と交流のある王狼(フレキ)の一族の集落に向かっていた。事前に竜妃から連絡を入れておいてもらったのだが、この歓迎されなさからして、きちんと伝わっているのかはわからない。


「待って……!話を、話を聞いて‼︎」


 カリュウの悲鳴にも似た高い声が木々の騒めきに虚しく消えていく。神殿の中で何の危険もなく育ってらきたカリュウはパニックを起こしている。


 まずいな、とナディルは心の中で舌打ちをする。


 カリュウは未だに宝珠の力を使えていない。使いたくない、使うのが怖い、と彼女は思う。彼女は自分の築いてきた世界を壊せないのだ。しかし何時迄も其れでは困る。カリュウの迷いを察した竜妃は、何か切っ掛けか刺激が必要だろう、と今回の旅に同行させた。

それを知ったカハクは彼女を心配して、自分もと名乗り出た。

 竜妃はあまり良い顔をしなかったが、カリュウも不安そうに懇願するので、仕方なく同行を許した。


「あまり手助けするでないぞ」


 竜妃はカハクの耳元でそっと告げた。

 カハクは張り付いた笑顔で、はい、と応えた。

 カハクはカリュウに自分の知らない処で死なれては困るのだ。そして勝手に成長されたりしても。あの母親の元では何も変わらない事は知っていた。案の定、久しぶりに会った彼女の変化と言えば、身長が伸びた程度だった。彼女の思考も、悩みも、行動も、彼の知る彼女でなければ意味がなくなってしまう。彼女が自分を殺す時までは。


 この旅で、彼女は何か変わるのだろうか……そんな事を考えていると、カリュウの目の前を何かが過|よぎ|った。


「……っ‼︎」


 カマイタチの様な刃がライナを襲う。掠めた腕がじんわりと赤く滲み、チリチリと痛みだす。馬に慣れないライナはシャヒを抱えてナディルにしがみつくだけで精一杯だ。あれ以来ライナの肩が定位置になったシャヒだが、今はライナの腕の中で小さくなっている。

 そういえば最初に彼に会った時も犬狼(ガルム)に襲われていたな、と思い出す。どうやら彼らが苦手な様だ。守ってあげないと、とシャヒを抱える腕に力が入る。


ーーでも、ちゃんと連絡をしておいたはずなのに、どうして……?


 防戦一方だったナディルは剣を抜き、目の前を横切る影を叩き落とした。妹を傷付けられて怒ったのだろう。

 斬り付けられた獣人は身体を反転させ、再度ナディルに飛び掛かる。


「やめろ!」


 鋭い声と共に、素早く動く生成りの布が2人の間に割って入った。


「コイツらはオレの客人ダ」


 布を纏った小柄な人物が再び声を上げる。


「コイツらオレ達の縄張りに入っタ」

「侵入者ダ」

「ヨソ者ダ」


 ナディル達を取り囲む様に次々と森の中から仮面を被った獣人達が姿を現した。


「オレの客ダと言った」


 グルルっと喉を鳴らす低い唸り声と共に、布の中から睨みつける黄金の瞳が辺りを一蹴した。


 周りの獣人達はその気迫に圧倒されて耳を垂れて黙り込んだ。


「悪かっタ。コイツらに悪気はナイ。村の警備ダ。コイツらの仕事をシタ」


 黄金の瞳の持ち主はそう言って、纏っていた布を取る。すると、中からは活発そうな少年が現姿を現した。

 無造作に伸ばした涅色(くりいろ)とシルバーグレーの混ざった髪の隙間から生えた大きな獣の耳が目を惹く。日に焼けた肌には砂色の模様が幾つも描かれている。そして何より、少し吊り上がったドングリの様な大きな黄金の瞳が印象的だ。他の獣人達より明らかに手の込んだ刺繍の施された辛子色の服と首や腕から下げたカラフルな石やガラス、骨の装飾品が彼の身分の高さを物語っている。

 彼がこの獣人達を纏めているのに違いないだろう。何とか無益な争いにならなくてすみそうだ。ライナはほっと胸を撫で下ろした。


 ナディル達は馬から降り、緑色の手帳の紋章を見せた。


「竜妃の遣いで参りました、ナディルです」


王狼(フレキ)のガイ=オーラムだ」


 ガイ=オーラムはニカッと白い牙を見せて笑い、綺麗に整えられた長い爪の手を差し出した。彼の腕の幾重にも重ねられたバングルがカラカラと鳴る。

 ナディルとガイ=オーラムが握手をすると、漂っていたピリついた空気が少し和らいだ。


「カハクと申します」

「オウ、よろしくナ」


 カハクはにっこりと微笑み、ガイ=オーラムに手を差し伸べる。カハクの白い手にガイ=オーラムの浅黒い手が重なる。


「カリュウと申します」


 カリュウも落ち着きを取り戻し、カハクをなぞる様に悠然と微笑み柔らかな声で名乗った。


「お前達、ソックリだナ」


 ガイ=オーラムは目を丸くして、少し考え込んだ様にカリュウの顔を見つめたが、すぐにくしゃっとした人懐っこい顔で笑った。


「でも、中身が全然違うナ!」


 シャヒはライナの肩に留まりじっとしている。人の姿になる気は無いらしい。仕方がないので、頑ななシャヒをそっと撫でてライナは口を開く。


「ライナ、です。こっちはシャヒ」


 そう言いおずおずと手を出すと、ガイ=オーラムはその手を握り、怪訝な顔をする。豊な尻尾がパタパタと大きく揺れる。

 ガイ=オーラムはチラリとシャヒに目をやった後、力強くライナの手を自分の顔まで持っていき、くんくんと鼻をヒクつかせて首を傾げた。


「……オマエ、変な匂いするナ」


 ライナは恥ずかしくなり、咄嗟に手を引っ込めてナディルの後ろへと隠れた。シャヒは威嚇する様に翼をバタつかせている。

 怯えた様子のライナを庇う様に、ナディルは半歩前に出て、ガイ=オーラムとの間に割って入る。


「ガイ、初対面の女性に対して失礼だよ」


 ナディルはにこやかにガイ=オーラムを窘める。

 ガイ=オーラムは怪訝な顔付きのまま、大きな耳を少し伏せて頭をボリボリと搔いた。


「……悪イ」


 彼に悪気は無い様で、嗅ぎ慣れない匂いをただ不思議に思っただけの様だった。

 思った事をそのまま口に出す性格なのだろう。単純で純粋で子供。それが彼の短所でもあり、長所でもあるのだろう。


「村へ案内スル。付いて来い」


 ガイ=オーラムは、先程の事など何も気にしていない様子で森を奥へと歩き出した。

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