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ウォーラは体の弱い子供だった。青白い肌に肉の付かない身体。病弱で度々寝込んだ。竜族のくせにと陰口を叩かれ、王の子がこれではと嘆かれた。
ウォーラの母親は高貴な生まれの箱入り娘で、彼女を産んで間も無く亡くなった。ウォーラの身体の弱さは母親譲りだった。世間の穢れを知らない彼女は、自分が居なくなった後娘に降り注ぐ不幸などこれっぽっちも予期していなかっただろう。
ウォーラの父親、当時の世界の支配者は逞しく豪胆な男だった。冷徹な彼は自分の1人娘すら切り捨てようとした。
「病弱な子供は要らぬ。余が望むのは世継ぎだけだ」
揺るぎない地位を確立した彼は、そう言ってウォーラを遠くの古城に閉じ込めた。彼は何時だって自分の立場を確固たるものにしようとだけ考えていた。
石造りの檻の様な城で過ごす日々は殺伐としていて、幼いウォーラを不安にさせた。変化の無い悠久の時間だけが過ぎて行く。雲が流れるのを眺めながら途方もない時間を過ごした。生きるという事に意味も目的も何も見出せないでいた。
竜族の数は圧倒的に少ない。子供が産まれにくく、子供を産むと子育ての為に暫く繁殖しない性質がある。しかし圧倒的なその力と寿命で、時の覇者として大国に君臨したり、地方の統制を任せられたり、常に支配する者の立場にあった。稀に変わり者は秘境に隠居して気儘に過ごしていたりもする。
外に出る事すら許されないウォーラの小さく細い脚には太く大きな鎖が蛇の様にとぐろを巻き絡み付いている。
彼女はそれでも王の『保険』だった。世継ぎか産まれれば処分されるのだろう。
しかし分かりきったその事実を誰も口に出そうとはしない。
どうして自分がここに1人きりでいるのか、自由を何もかも奪われて、それでも殺されもしないのか、幼いウォーラには分からず教えてくれる者も居なかった。
ウォーラは自分の不遇を憐れみ、日々神に問い掛ける。
話をする者も、話し掛けるべき相手も思い当たらない彼女は、只ひたすらに神に祈った。
そして長い冬が始まった。
空は暗雲に覆われ、陽の光は遮られる。
気温が下がり、植物は枯れ、動物は飢餓に苦しむ。
ウォーラに与えられる食事は一層貧しくなった。幸か不幸か、それでも死なない程度の生命力は持ち合わせていた。
薄暗い世界で一体どんな恐ろしい事が起きているのだろうか。見えない世界は美しいとばかり想像していたが、きっと今は恐ろしい事が起きている。それだけは本能的に察しがついた。
段々体力が落ち、起き上がるのも億劫になり、冷たい石に囲まれた不気味な灰色の空を見上げていると、雲の隙間から一筋の光が見えた。
ーーかみさま!
ウォーラは確信した。
昔、王宮に居た時、1度だけ竜族だけが読む事を許されていたエッダを読んだ事がある。
何も無い暗闇の中、目映い美しい光が現れる。それが神だと知っていた。
おどろおどろしいこの世界で、あれは神様に違いない。
ーーお願いします、神様、わたしをここから出して!
ウォーラは必死に祈り続けた。
ーーお願いします……!
「折角今回の結末を見に降りたというのに、煩くて敵わんな」
ウォーラの目の前に神々しい存在が現れる。
今まで見た事もない、美しい光だった。
「竜の子か。古えにあの様な約束等するのではなかった」
初めて目にする崇高な存在は忌々しそうに美しい顔を顰める。
エッダに書かれていた、古い先祖が創世の際に交わしたと言う神との契約の事だろうか。
「お願いします、わたしをここから出して下さい」
ウォーラは祈る様に必死に縋った。
「飼い殺されているのか。良い趣味だな」
神は地に這い蹲るウォーラを見下ろして、感情の無い声で言った。
「して、お前はここから出て何をする」
神は尋ねる。お前の真理な何だ、と価値を問われている様な気がした。
「……今、外がどうなっているのか見たいの」
ウォーラは恐る恐る答えた。
檻の中で何も知らずに過ごすのはとても不安だった。たった1人で日に日に禍々しくなっていく空を眺める事しかできない。一体、何が起きていて、昔見た美しかった世界はどうなっているのか知りたかった。
「お前も結末が知りたいか。貪欲な事だな」
神は感心した様に言った。
そして少し考えた後、彼は続ける。
「お前、父を殺す気はあるか?」
「……え?」
「世界の覇者は長い冬で命を落とす者が多い。何故だか分かるか?
殺されるのだ。
それまで支配し創り上げてきた世界からの裁きを受ける。
世界に認められなければ死してその償いをするのだ」
神は宇宙を見詰めながら世界の理を教えてくれた。
神に成り代わり創り上げてきた自分の世界に裁かれる。だから父王はあんなにも厳格に自分の世界に拘ったのだろうか。
「再度問おう。
お前は今の世界の覇者である父親を殺す覚悟はあるか?」
ウォーラの鼓動が高鳴る。
父王は世界に認められなかったという事なのだろうか。
世界が再び動き出す。
ウォーラの世界が色を付けて広がり始める。
「その気があるのであればお前を次の世界の王にしてやろう」
神は仰々しくウォーラを試す様な口振りで問い掛けてくる。
「罪を背負い自由を手に入れるのか、此処で一生飼い殺されるのか、選べ」
一生ここにいるのは嫌だ。ウォーラは強くそう思った。父が死んだらきっと皆自分の事を忘れてしまうだろう。ここに誰もやっては来ないだろう。ずっとここに独りきりで居なければならないなんて気が狂ってしまうかも知れない。何も成さず、生きる目的も持たず、産まれてきた意味さえ無くして。そんなのは嫌だ。考えただけで寒気がした。
「ここにいるのは嫌だ」
ウォーラは咄嗟に強い口調で言った。
その瞳に初めて強い意志が宿る。
「そうか。さすればお前に自由と世界を与えよう」
神は満足そうに微笑んだ。
「その代わり、消えぬ大罪を背負い、自分も死に値する覚悟を持つ事だ」
神は初めてウォーラの目を見て告げた。




