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セブンス エッダ  作者: りん
月下の秘密
88/118

5

 皆が其々部屋に戻る中、ライナはカリュウを呼び止めた。


「疲れているところ、ごめんなさい。

 宝珠を少し見せて欲しいの」


 ライナはどうしてもあの続きが知りたかった。

 あの後、何が起きたのか確かめたかった。


「ええ、いいですよ」


 カリュウは小さな桔梗色の袋を取り出すとライナにそれを手渡した。


「好きなだけどうぞ。見終わったら返して頂ければいいから」


 そう言って宝珠をライナに預けた。


「え、いいの……?」


 大切な筈の宝珠をあっさりと手渡すカリュウに驚いて彼女を見る。


「いいんです。私には少し荷が重くて……ちょっとの間離れて気が楽になりたいの」


 そう言って弱々しく微笑んだ。


「そう、じゃあ……」


 ライナは宝珠を丁寧に受け取る。去って行くカリュウの背中には疲労の色が窺えた。

 宝珠を持つ者は多大な覚悟と精神的な負担があるのだろう。マイペースなハイメや楽観的なエンコからは感じ取れなかった大きな役割という重荷が垣間見える。


 ライナは部屋に戻り、桔梗色の袋をそっと開けてみる。

 雷の宝珠は深い藍色をしていてキラキラと輝く光の粒が閉じ込められている。それは夜空に稲光る雷の様だ。


 指先で触れるとひんやりとした感覚が伝わってくる。

 瞳の奥がチカチカして意識が揺らぐ。



 ーー息が苦しい。


 上手く呼吸が出来なくてもがく。手足をばたつかせるが息は苦しいままだ。

 必死に薄眼を開けるとウォーラの顔が涙の奥に霞んで見えた。

 暖かい滴がライナの顔に落ちてきた。


「ウォ……ラっ」


 急に息苦しさが消えた。

 必死で咳き込みながら空気を吸い込む。新しい空気が肺を何度も満たし、ようやく苦しさから解放される。

 涙に濡れた瞳を拭き目を開けると、そこにはやはりウォーラがいた。


(ウォーラ……)


 声に出したつもりだったが掠れて上手く音にならない。彼女はどこか悲しげな顔をしていたが意識が再び遠のき、深い眠りに落ちた。


 朝目が覚めるとベッドの脇にウォーラが座っていた。


「ウォーラ」


 掠れた声を上げると、彼女はゆっくりと此方を向いた。


「何じゃ」


 優しくて穏やかないつものウォーラだった。


「……怖い夢を見たの」


 昨日の息苦しさを思い出してぞっとする。恐る恐る自分の首に手を当ててみた。ほんの少し熱を持つ喉は、まだ痛い気がする。


「そうか……夢じゃ。忘れるが良い」


 ウォーラは憂いを含んだ笑顔でライナの頭を撫でた。


「飲むが良い」


 そう言ってウォーラは暖かいお茶を差し出した。

 ライナの好きな甘い花の香りのするお茶は、ゆっくりと喉を通り空っぽの胃を満たしていく。暖かい液体が身体中を巡り癒していく。


「ウォーラ、何読んでいるの?」


 ライナはお茶を飲み干してからウォーラに話し掛ける。

 ウォーラは手元の分厚い本から顔を上げてライナに答える。


「エッダ書じゃ」

「えっだ??」

「あぁ、この星の創世や創世神の御言葉が載っておる」


「そうせい神……」


 ライナは聞き慣れない言葉を繰り返してみる。


「創世とは作り出すと言う意味じゃ。創世神はこの星を創り給うた御方じゃ」

「じゃあ神様の事?」

「あぁ」


 ウォーラは優しい顔でライナに微笑んだ。


「神様の名前がそうせい神なの?」


 ライナは不思議そうに問い掛ける。


「いや、創世神に名前は存在しない」

「どうして?」

「御方は唯一無二の存在じゃ。個を識別する名は必要無い。

 例えあったとしても我々は畏れ多くてその名を呼ぶ事は出来ぬであろう」


 ウォーラは視線を落として呟く様に言う。

 その表情が悲しげなので、ライナは心配になる。


「ウォーラ、そうせい神の事嫌いなの?」


 ウォーラの顔を覗き込む様に聞く。

 ウォーラは困った様な笑顔を浮かべた。


「いいや、寧ろ敬愛しておる」

「けいあい??」


 ウォーラはいつも難しい事ばかり言う。


「好きという事じゃ」


 ウォーラは穏やかな笑顔で教えてくれたので、ライナも何だか嬉しい気持ちになる。


「ウォーラは創世神の事好き?」


 ライナの無邪気な質問に暫くしてからウォーラは言う。


「あぁ」


 その顔はやはり何処か悲しげだ。


「わたしはウォーラの事、好きだよ?」


 悲しい顔をしてほしくなくて、ライナはウォーラの顔を覗き込む。


「……其方は良い子じゃな」


 ウォーラはライナの頭を撫でてくれたが、やはり何処か悲しそうなままだった。


 どうして好きな人の話をしているのにそんな悲しそうな顔をしているのだろうか。

 不思議に思ったが、子供のライナには理解できなかった。



 意識が戻りライナは思う。

 夢はあの続きでは無かった。その事を残念に思い、しかし1つの事実とそれに対する疑問が沸き起こる。


 創世神は唯一無二で名前が無い。

 ならば、何故神の子には名前があるのだろう。


 ひっそりと明かしてくれた彼の名を、決して口に出す事は出来ないその名を、胸の中でそっと呟く。まるで大切な宝物の様に。壊れてしまわない様に。その大切な名が、ライナと彼の関係が。


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