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「疲れた〜」
ハイメはげっそりと疲れ切った様子で応接室の扉を開けた。
後からエンコ、カリュウ、カハクも続いて部屋に入って来る。
「僕、もうごめんだからね」
ハイメはそう言いながらソファに倒れ込んだ。
その端にエンコが腰を下ろす。
何時もならハイメのだらしなさに叱言を言うのだが、今はそんな気力も無い様だ。
カリュウとカハクは向かえ側に揃って丁寧に座る。彼らの上品な仕草の端々から疲労の色が窺える。
しかし一番最後に入って来て静かに扉を閉める、城の遣い達が最も疲弊している様に見える。
既に部屋の中に居たナディルとライナは彼らにお茶を注いでやる。
「随分と遅かったね。何かあったの?」
ナディルが浅葱色の花柄のカップを手渡しながら尋ねる。
「何か、じゃないわ。本当に」
エンコは大きく溜め息を吐いた後、ここまでの道程の詳細を語り始めた。
ナディル達が街を出た後、王宮からの遣いが来たのは3日目の昼過ぎだったと言う。
最後に部屋に入って来た、フレデリクとエーリクと言う騎士だ。
2人とも腕の立つ背の高い青年で、竜妃やセファからの信頼も厚い。それ故今回の使者に抜擢されてしまった。
フレデリクは柔らかな飴色の巻き毛に垂れ目の優しそうな見た目の男性だ。もう1人の真っ直ぐな硬い髪をオールバックにしている眼光の鋭い男性がエーリク。一見正反対の性質に見える2人だが、歳も近い所為か息の合ったコンビだ。
彼等はナディルとライナが最初に王都に向かったルートと同じく、ル=イースランを目指したのだと言う。
ル=イースランに辿り着く前に立ち寄った小さな町で、星の巡りを祝う祭りが行われていた。多彩な紙の飾りで彩られたその祭りでカリュウが迷子になり、それを探しに行ったカハクも同じ様に居なくなり、残された4人は人混みを必死に探しにクタクタになったとのだ言う。
結局2人は町の外れの茶屋に揃ってお茶を飲んでいたらしい。
「申し訳ありません」
「そんな大事になっているとはつゆ知らず……」
2人は揃ってすまなそうに言った。
「つい浮かれてしまって」
「馴染みの無い風習でしたので、色々見て回りたくなってしまって……」
カリュウとカハクは声のトーンを落として言ったがら、あまり悪びれる様子は無い。
「紙の細工が精密で美しかったんです。それについ気を取られてしまったんです」
「あれは幻想的で素敵でしたよ」
「屋台で売られていたカラフルな硝子の玩具も綺麗でしたね」
「フルーツのチョコレート掛けも美味しそうだったわ」
2人は当時様子をうっとりと思い浮かべて話す。祭りを充分に堪能した様だ。
「もう、人が必死に探しているのに!ずっとこんな調子なのよ」
エンコが怒って言うとカリュウとカハクがすかさず反論する。
「でもエンコも飴細工を持っていましたよね」
「それに可愛らしい髪飾りも。とてもお似合いでしたよ」
「それは……!探している間に、たまたま見つけたから……」
顔を赤らめるエンコを見て、フレデリクとエーリクは深い溜息を吐く。ハイメはきっと何処かで休んでいたのだろうし、どうやら必死で探していたのはこの2人だけの様だ。
ナディルがちらりとハイメを見ると 、自分も仕事をしたかの様な口振りで言った。
「僕はその後エンコの愚痴に付き合わされて疲れたよ」
「そ、それに、その後も……!」
自分の立場が不利になったエンコは話をさっさと切り上げて話を続けた。
その後遅れを取り戻そうと近道として使った森で魔物に襲われたそうだ。
「フレデリクとエーリクがいて本当に助かったよ〜。結構いっぱいいたからねぇ」
「ええ、流石に王宮に仕える騎士ですね」
ハイメとカハクに賛辞され2人は右手を胸に当てて頭を下げた。
「恐れ入ります」
「光栄です」
堂々たるその風格は正に王宮に仕える騎士だ。
2人が小さな町の祭りの中、必死に迷子になった宝珠の遣い手達を探していたのかと思うと居た堪れない。
「普段は魔物の出る様な場所では無い筈なのですが……危険に晒してしまって申し訳ございませんでした」
フレデリクは自分の落ち度と言わんばかりに謝罪する。
「いいんです、私達が時間を取らせてしまったのがいけないんですから」
「それにフレデリクさん達にはとても勇敢に戦って頂き助かりました」
カリュウとカハクは穏やかな口調で丁寧に礼を述べた。
「ところで、カリュウは何で魔法を使わないの?」
エンコはふと思い出して、不思議そうにカリュウに尋ねた。
魔物に襲われてフレデリクとエーリクは剣で、ハイメとエンコは魔法で応戦をした。カハクは補助魔法で援護をしたのだが、カリュウは後ろに立ち尽くして、それを見ているだけだった。
「えっと……まだ使い熟せなくて。すみません」
カリュウは伏せた目を泳がせて、恐々と言った。
「いいのよ、力が大きくて最初は上手く使えないものよね。その内慣れるわ」
エンコはカリュウを安心してさせようとにっこりと微笑んだ。
カリュウは目を伏せたまま心の中で思う。
本当は宝珠から聞いたあの言葉がずっと引っかかっていた。
ーー今から与えるものは、人々を救う聖職者には相応しくない力でしょう。世界を壊す力です。
世界を壊す力……この力を使えば、自分はもうトレパイルには戻れない気がした。人々から崇められ、慕われる司教の座にはいられない。
捨てると決めて来たはずなのに、どうしても踏ん切りがつかないでいた。
カハクに嫌われてしまうかもしれない。
自分の姉としての価値は『司教』にあって、それを無くしては認めてもらえない気がした。彼からそれを奪った分、余計に。
「カリュウ?」
カハクが俯向くカリュウに心配そうに声を掛ける。
「大丈夫よ」
カリュウは慌てて顔を上げて笑顔を作った。
彼に気付かれず、上手く笑えているだろうか。
「そうですか」
カハクも同じ笑顔を返してくれたので、カリュウはほっと胸を撫で下ろした。




