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セブンス エッダ  作者: りん
月下の秘密
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1

 王都に帰ってからもライナは何か考え込んでいる。元々お喋りな方ではないが、更に口を閉ざし、ぼんやりと遠くを眺めてたりしている。ナディルは心配だったが、彼女が自ら語り出すまで黙って見守る事しかできなかった。


 ライナは世界樹(イッグドラジル)の森に入り浸った。

 世界樹(イッグドラジル)に耳を押し当てると水を吸い上げる清らかな音が聞こえる。

 気分が沈んだ時、1人で考え事をしたい時、よくこうしていたっけ。昔の記憶と共に習慣が蘇る。

 シャヒはいつの間にか幹に留まって、ライナを物言わず見詰めている。

 静かな時間だけがゆっくりと流れていく。


 ティレットが来てライナの隣に腰を下ろす。


「ライナ、元気ないね」


 ライナは彼女の顔をしっかり見る事ができなかった。

 ティレットは止めてくれたのに。世界樹(イッグドラジル)の根元から、あんなに必死になってライナの身を案じてくれていた。

 ライナがあの後どんな状況に置かれたって、それは自業自得でしかない。

 家族や自分の境遇を嘆いたりもしたが、それは全て自分の所為だったのかもしれない。


 思い出すこの森はいつだって光に満ちていた。幸福で穏やかな空気に包まれていた。

 薄ぼんやりした光の粒を思って瞳を閉じると、奥の方の闇から憎しみに満ちたエメラルドの目が光った。


 違うの。あの人に出会った事まで後悔している訳ではない。彼を失って、全てを失くしたみたいで、世界すら憎く思えた。でも、彼と過ごした時間や巡り会った必然まで憎みたくない。

 ねぇ、貴方もそうでしょ、葉月。


 そっと目を開けるとティレットが心配そうな瞳で見詰めている。

 ティレットは何も聞かずにただ傍に居てくれた。隣に居る、それだけで何でこんなにも安心するのだろう。乱れた心が落ち着きを取り戻していく。

 ティレットは世界樹(イッグドラジル)と同じだ。清らかで、美しくて、全てのものを浄化していく。


 ライナはティレットの手にそっと触れてみた。壊さない様に、汚さない様に。

 ティレットの白く細い指がライナの手を優しく握り返す。彼女の顔は嬉しそうに笑みを湛えていた。


「ティレット……」


「大丈夫。私はライナの為に生まれてきたの。

 ライナは私の全てで、半分なの。

 ライナの気持ちは何だってわかるわ」


 例え長い間離れていても、記憶が無くても。


 ライナはティレットのその台詞を昔聞いたことがある気がして、何だか懐かしく思えた。懐かしくて、頼もしくて、安心する。そんな呪文の様なセリフにライナは小さく微笑んだ。




 広い食堂には相変わらずナディルとライナしか居らず、静かに張り詰めた空気の中、食器の音だけが冷たく響く。

 お喋りなエンコやはっきり物を言うハイメ、穏やかなカリュウとカハク、まだ誰も戻っておらず、賑やかな食卓が懐かしく感じられる。


 無口なライナの様子を窺おうと、ナディルはそっと顔を上げる。ライナはきっと気分が悪くたって、熱があったって、何も言わないだろう。彼女の些細な表情や顔色で判断するしかない。1人で考え込んで、落ち込んでいやしないだろうか。


 ナディルの視線に気付いてか、ライナは食事の手を止めてぽつりと呟いた。


「戻ったら会うって言ってたよね」


 唐突な彼女の言葉にナディルは思いを巡らせる。ルースの事だろうか。


「……覚えていてくれたんだ。よかった」


 ライナは王都を出る前に、今回の旅から戻って来たら姉のルースに会うと言ってくれた。

 ナディルは勿論楽しみにしていたのだが、ライナが塞ぎ込んでいたので言い出せないでいた。これ以上ライナの心の負担にならない様にと黙っていた。

 だからライナから話を切り出してくれて、ナディルは嬉しかった。


「でも、大丈夫?ライナの気持ちの整理が付いてからでいいんだよ?」


 ナディルはライナを気遣う。

 ライナはじっとナディルを見つめ返す。アクアマリンの瞳がテーブルに置かれた蝋燭の灯りを湛えている。


「大丈夫」


 前に進まなくては。この先どんな事があってもちゃんと受け入れようと決めた。

 大丈夫、ナディルの妹だから。

 ライナはナディルの顔を黙って見詰めた。

 この綺麗なペリドットの瞳は失いたくない。憎しみに溺れさせたりしない。

 ライナは心の中で1人で誓う。



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