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王都に帰ってからもライナは何か考え込んでいる。元々お喋りな方ではないが、更に口を閉ざし、ぼんやりと遠くを眺めてたりしている。ナディルは心配だったが、彼女が自ら語り出すまで黙って見守る事しかできなかった。
ライナは世界樹の森に入り浸った。
世界樹に耳を押し当てると水を吸い上げる清らかな音が聞こえる。
気分が沈んだ時、1人で考え事をしたい時、よくこうしていたっけ。昔の記憶と共に習慣が蘇る。
シャヒはいつの間にか幹に留まって、ライナを物言わず見詰めている。
静かな時間だけがゆっくりと流れていく。
ティレットが来てライナの隣に腰を下ろす。
「ライナ、元気ないね」
ライナは彼女の顔をしっかり見る事ができなかった。
ティレットは止めてくれたのに。世界樹の根元から、あんなに必死になってライナの身を案じてくれていた。
ライナがあの後どんな状況に置かれたって、それは自業自得でしかない。
家族や自分の境遇を嘆いたりもしたが、それは全て自分の所為だったのかもしれない。
思い出すこの森はいつだって光に満ちていた。幸福で穏やかな空気に包まれていた。
薄ぼんやりした光の粒を思って瞳を閉じると、奥の方の闇から憎しみに満ちたエメラルドの目が光った。
違うの。あの人に出会った事まで後悔している訳ではない。彼を失って、全てを失くしたみたいで、世界すら憎く思えた。でも、彼と過ごした時間や巡り会った必然まで憎みたくない。
ねぇ、貴方もそうでしょ、葉月。
そっと目を開けるとティレットが心配そうな瞳で見詰めている。
ティレットは何も聞かずにただ傍に居てくれた。隣に居る、それだけで何でこんなにも安心するのだろう。乱れた心が落ち着きを取り戻していく。
ティレットは世界樹と同じだ。清らかで、美しくて、全てのものを浄化していく。
ライナはティレットの手にそっと触れてみた。壊さない様に、汚さない様に。
ティレットの白く細い指がライナの手を優しく握り返す。彼女の顔は嬉しそうに笑みを湛えていた。
「ティレット……」
「大丈夫。私はライナの為に生まれてきたの。
ライナは私の全てで、半分なの。
ライナの気持ちは何だってわかるわ」
例え長い間離れていても、記憶が無くても。
ライナはティレットのその台詞を昔聞いたことがある気がして、何だか懐かしく思えた。懐かしくて、頼もしくて、安心する。そんな呪文の様なセリフにライナは小さく微笑んだ。
広い食堂には相変わらずナディルとライナしか居らず、静かに張り詰めた空気の中、食器の音だけが冷たく響く。
お喋りなエンコやはっきり物を言うハイメ、穏やかなカリュウとカハク、まだ誰も戻っておらず、賑やかな食卓が懐かしく感じられる。
無口なライナの様子を窺おうと、ナディルはそっと顔を上げる。ライナはきっと気分が悪くたって、熱があったって、何も言わないだろう。彼女の些細な表情や顔色で判断するしかない。1人で考え込んで、落ち込んでいやしないだろうか。
ナディルの視線に気付いてか、ライナは食事の手を止めてぽつりと呟いた。
「戻ったら会うって言ってたよね」
唐突な彼女の言葉にナディルは思いを巡らせる。ルースの事だろうか。
「……覚えていてくれたんだ。よかった」
ライナは王都を出る前に、今回の旅から戻って来たら姉のルースに会うと言ってくれた。
ナディルは勿論楽しみにしていたのだが、ライナが塞ぎ込んでいたので言い出せないでいた。これ以上ライナの心の負担にならない様にと黙っていた。
だからライナから話を切り出してくれて、ナディルは嬉しかった。
「でも、大丈夫?ライナの気持ちの整理が付いてからでいいんだよ?」
ナディルはライナを気遣う。
ライナはじっとナディルを見つめ返す。アクアマリンの瞳がテーブルに置かれた蝋燭の灯りを湛えている。
「大丈夫」
前に進まなくては。この先どんな事があってもちゃんと受け入れようと決めた。
大丈夫、ナディルの妹だから。
ライナはナディルの顔を黙って見詰めた。
この綺麗なペリドットの瞳は失いたくない。憎しみに溺れさせたりしない。
ライナは心の中で1人で誓う。




