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ライナが目を開けると、変わらず朽ちかけた塔の中でシャヒと手を繋いだまま立ち尽くしていた。立ったまま夢を見ていたみたいだ。
今見た光景はライナの過去だ。
ーー私は神の子に連れ去られた
この先が解ればきっと、どうしてあの場所に連れて来られたかがわかるはず。
鼓動だけが速くなり、ただ呆然と立ち尽くす。
シャヒが不思議そうにライナの顔をを覗き込む。ライナと繋いだ逆の手には宝珠が輝く。祭壇にあった時の光は落ち着き、優しい乳白色が海の底でひっそりと息衝く貝の内側を思わせる。空の上で海の底を思うなんて何だか不思議な気もするが、僅かな光で偏光する宝珠はシャヒの瞳みたいだ。
シャヒ……世界樹の上にいたあの鳥はシャヒだ。ライナを連れ出し、空を見せてくれた鳥。
「ライナ?」
シャヒの濁りの無い声がライナを呼ぶ。
「シャヒ……貴方だったんだね」
シャヒはライナが思い出してくれた事を嬉しそうに微笑んで、ライナの頬に顔を摺り寄せた。
「ライナの匂い」
耳元でキスをするみたいに囁く。
「不思議でいい匂い」
鳥の時と同じ行動なのに、シャヒの可憐な顔を近付けられるとライナの頬は赤くなった。
「戻ろう。みんなきっと心配してる」
ライナは頬を染めたままシャヒの手を引っ張り出口へと向かった。
回廊の窓から外を覗くとただ青い空が広がっている。どこから流れ着いたのか、塔の壁には緑色の蔦がぐるぐると張り付いている。純白の菱形の花弁を5枚持つ花がチラホラと慎ましやかに咲いている。
「木蔦……ライナ知ってる?」
シャヒはライナの視線に気付き問い掛けた。
ライナはうん、と小さく頷いた。
小さな頼りない石の隣に植えた常緑の蔦を思い出す。寒い冬でも寂しくないようにと、静謐な祈りと共に植えた最初の献花だった。
塔の天辺まで登ると、シャヒは羽を広げた。
来た時と同じ様にライナを軽々と抱えると、大きな窓の縁に乗り出して空へと舞った。
強い風に煽られて、ライナはシャヒにしがみ付く。
青く果ての見えない空。たなびく雲にまるで手が届きそうだ。
あの時ライナが見たかった、手を伸ばして掴みたかった空があった。
ーー気持ちいい
空から見る大地は碧々と美しく、光に溢れている。若草が星を覆い、常盤色の森の隙間に人々の営みが見える。小さな屋根がきちんと整列して肩を寄せ合っている。あの1つ1つに人々の生活があるのだ。
遠くの青い海はキラキラと水面を揺らしながら何処までも続いている。
あの地の果てさえへも、ライナは行く事ができるのだ。
ライナの胸はじんわりと熱くなった。
パラスロットの教会に戻ると、ナディルが大袈裟に心配していた。
「ライナ、無事?どこも怪我無い?」
ライナを彼方此方撫で回して無事を確認すると、シャヒに向き直って強めの口調で言う。
「どこかに行く前はちゃんと言う事。
それからライナが行く時は俺も行くから」
その物言いがまるで心配性の母親みたいで何だか可笑しかった。
落ち着いたナディルは大きな溜息と共に呟いた。
「またどこかへ行ってしまったらどうしようかと思った」
ライナの消失は、もしかしたらナディルの中で思った以上に大きな影響を与えているのかもしれない。




