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セブンス エッダ  作者: りん
風に謳う心
80/118

6

 一体重力というものがどうなっているのかライナにはよく分からなかったが、天の塔へと近づいたと思ったら空が反転して、塔の鋭角な屋根へと降り立った。


 シャヒは疑問に思う様子も無く、屋根を滑る様に下り、窓まで飛ぶとそこから塔の中へと入った。塔の床に音も無く降り立ちライナをそっと降ろしてくれた。


「ここは……」


 辺りをきょろきょろと見渡すライナ。窓から身体を乗り出すと空は上にあって、先程見たのと同じ様に教会の尖塔が高い空に浮かんで見える。何とも不思議な感覚だ。深く考えると先程の空の反転する感覚が蘇り、酔ってしまいそうになる。


「ライナ、行こう」


 シャヒは嬉しそうに白く小さな手でライナの手を取り、塔の中へと躊躇する事なく進んで行く。


 塔の狭い螺旋階段は手摺も無く深く深く奥底へと続いている。下を覗き込むと吸い込まれそうで目眩を覚える。ひび割れた石の階段をくるくると降りて行くと、広い部屋に出た。

 灰褐色の石で出来た部屋は古ぼけていて、積み上げられた壁の石は所々欠けている。壁と同じ色の石の床には見た事のない文字が至る所に彫られているが、長い年月手入れをされていないのか、解読するのが困難な程に朽ちていた。


 広く何も無い部屋の奥にパラスロットと同じ様な祭壇が作られている。

 飾る花も無い草臥れた祭壇の中央にキラキラと輝ながら色を変える珠が鎮座していた。

 背後から入る光がゆっくりと動く土埃を照らしている。

 朽ちかけた部屋はこの美しい宝珠をただ輝かせる為だけに作られた演出の様にさえ思える。相反する光景なのに、なぜかそれがぴったりとはまり、(あつら)えられたかの様だ。


 ーーこれが風の宝珠


 神々しく輝く宝珠は朽ちかけた塔の主であり、静謐な空気を生み出す。

 シャヒに手を引かれ祭壇へと足を進める。

 ライナとシャヒしかいない空間は静まり返っていて、2人の足音が反響して響く。


 宝珠の目の前まで来て、2人は立ち止まる。

 美しく色を変える宝珠はシャヒの瞳の様だ。


「これが……」


 ライナが見惚れるまま呟く。シャヒはじっと宝珠を見詰め、静かに手を伸ばした。

 繋がれたライナの手に力が入る。


 シャヒの手が宝珠に触れると、強い風が巻き起こる。飛ばされない様に身体に力を入れると、握られたシャヒの手が強くライナの手を握り返してくる。余りにも強い光で目が開けていられない。意識を保てない。


 ライナの意識は風と光に飛ばされる。




 ーーライナ!それ以上遠くへ行ってはダメ‼︎


 ティレットの声が聞こえる。


 悲鳴の様な彼女の声のする方を見ると、世界樹(イッグドラジル)の根元から悲壮な顔をしてライナを呼んでいる。

 ライナは世界樹(イッグドラジル)の幹の上から彼女を見下ろす。裸足の裏からゴツゴツとした幹の感触が伝わる。

 隣にはいつも枝の上に留まっているあの鷲と鷹がいる。

 大きな体の鷲がフレースヴェルグ。黒く見える程深い褐色の羽に真っ白な頭が美しい。すぐ隣に留まる少し小柄な鷲がヴェズルフェルニル。お腹の白と焦茶の縞模様が目を引く。

 2匹はいつも一緒にいて、フレースヴェルグが羽ばたくと世界に風が舞い起こり、ヴェズルフェルニルがその風を打ち消す。

 ライナは世界樹(イッグドラジル)の森から出る事を禁じられていた。王宮には入る事は許されていたが、王宮の窓から眺める街へは行く事ができない。だったらせめて、もっと高い所から街を眺めてみたかった。そして町のその先がどうなっているか知りたかった。世界樹(イッグドラジル)の上からならそれが見えるかもしれない。

 ライナはフレースヴェルグにお願いをした。


「もっと高いところから街を見たいの。

 高い空の上から遠くを眺めてみたいの」


 大きく力強い羽を持つフレースヴェルグが羨ましかった。彼が何故ここから飛び立って行かないのかはわからなかったが、彼のその羽なら世界中の何処にでも行けるはずだ。

 気分屋のフレースヴェルグはなかなかライナの願いを聞き入れてくれなかったが、ある日ライナを世界樹(イッグドラジル)の幹まで運んでくれた。

 近くなった空はもう少しで手が届きそうだ。葉脈を透かして見える太陽の光が眩しく輝いている。


「早くっ降りて来て!」


 ティレットは顔を青くしている。


 大丈夫だよ、ティレット。落ちたりしないから。もうちょっとだけ上へ行きたいの。


 上を見上げると、世界樹(イッグドラジル)の天辺から空が見える。樹の下からでは豊かな葉に覆われて見えなかった空だ。天辺の枝に銀色に光る鳥が留まっていた。彼が輝く事で世界樹(イッグドラジル)は明るく照らされている。ライナが太陽の光だと思っていたのはあの鳥なのかもしれない。

 あまりに高い位置にいるので、ライナは今までその鳥の存在に気づかないでいた。


 きれい……


 うっとりする様に銀色の鳥を見上げる。

 もう少し近くで見てみたかった。許してくれるならあの柔らかそうな羽毛に触れてみたい。

 そう思い近くの枝に足を掛けて更に木の上を目指す。鳥はライナを誘う様に輝く羽を広げて見せた。6枚の美しい羽が光を浴びて耀う。

 ライナが近付くと、鳥はライナを両脚で掴み上げ世界樹(イッグドラジル)の天辺へと運んだ。


 下にはいつの間にかティレットだけではなく、ウォーラやセファまで来ていてライナを必死に呼んでいる。


 大丈夫だよ、すぐ戻るから。


 そう思った瞬間、空が銀色の光に包まれた。

 そして声が聞こえた。


「こんな処に隠れていたのか」


 聞き覚えのあるその声は威厳に満ち、溜息と怒気を孕む。

 身体が浮く様な感覚に陥り、目の前が真っ白になっていく……



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