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セブンス エッダ  作者: りん
風に謳う心
79/118

5

 黎明のパラスロットはまだ肌寒い。太陽が地平線にまだ隠れているが、大気中の細かな塵が光を散乱させて空がぼんやりと茜色に染まり始める。紺青の夜と黄金の朝陽が混じり合い、溶け出す薄紫の境界を生み出している。

 尖塔は外から見るよりも遥かに高く、パラスロットの街並みが小さくミニチュアの様に見える。行儀良く整頓された街並みは玩具の様でかわいい。淡い朝の光が白い壁に反射して、階段を上る人の影を作る。


「気を付けて下さい」


 カハクは尖塔の迫り出した窓から身を乗り出して空を仰ぎ見た。


 薄紫から韓紅に色を滲ませた高い空がまるで届きそうな位近くに感じる。強く冷たい風が吹き抜ける。ライナは煽られない様に窓の縁を強く握った。

 曙の空の仄白い雲の隙間から蜃気楼の様な塔が見える。

 まるで空が鏡で、パラスロットの教会の尖塔を写した様だった。


「あの塔に宝珠が封じられているのです」


 カハクは風に流れる髪を抑えながら言った。


「あんな高い空の塔、どうやって行けば……」


 ナディルが考えあぐねてぽつりと溢した。

 翼竜を手配するにしても一度王都へ戻って、竜妃の許可を得なければならないが、そもそもあんな高度を飛ぶ竜を見た事がない。


「ルフに乗って行けばいいんじゃない?」


 ハイメは石の壁を両手で叩くと赤と紫の羽の鳥を作り上げた。


「ちょっと見てくるね〜」


 ルフを窓の縁に留まらせると、ハイメはその大きな背中に颯爽と乗り込む。


「ハイメ、1人じゃ危ないわ!」


 エンコの制止も聞かずハイメは空の上に聳える塔へと向かって勢い良く飛び立った。

 ルフは力強く羽搏き、空を高く高く昇って行く。小さくなっていく姿を一同は見詰める。

 塔へ近づくと、すんでのところでルフがボロボロと石へと還り始めた。


「え、何で??」


 ハイメは狼狽しながら塔から遠ざかろうと下降するが、ルフの崩壊を止められない。ルフの羽は無残に崩れ落ち、ハイメは落下し続ける。


「ハイメっ……‼︎」


 エンコの悲鳴の様な叫び声が響く。

 ナディルとカハクは窓から身を乗り出す。カリュウは祈る様に両手を握り締める。

 ライナも助ける手立てを考えるが、咄嗟に何も思い浮かばず頭が真っ白になる。

 このままでは地面まで落下してしまう。


 ーーどうしよう、何とかしなければ……!


 張り詰めた空気の中、落ちてくるハイメを白銀の鳥が捉えた。大きな羽を6枚広げて薄紫に染まる空を優雅に舞う。

 そのまま空を旋回し、迫り出した窓から塔の中に入ってきた。


「お前……」


 鳥は無造作にハイメを離して、目を丸くするライナ右肩に留まった。

 ハイメは体勢を崩し、床へと転げ落ちた。


「痛っ……!」


 ハイメの周りに一同は詰め寄った。


「ハイメ、大丈夫⁉︎」

「お怪我はありませんか?」


 エンコとカハクが声を掛ける。

 心配する皆の視線を一挙に浴びたハイメは大きく息を吐いた。


「びっくりした〜」


 彼の無事を確認すると皆は胸を撫で下ろす。


「無茶しないでよ、心臓が止まるかと思ったわ」

「ハイメ、もう少し慎重に動こう」

「本当に。びっくりしました」


 其々がハイメに声を掛ける中、ライナは肩に留まった鳥に感謝してその頭をそっと撫でた。

 鳥は羽を小さく羽ばたかせると、窓の外の天空の塔を見上げてその瞳をオパールの様に輝かせた。虹彩が朝陽を映しくるくると色を変える。

 そして煌めく風と包まれたかと思うと、ライナの目の前で人の姿へと変わった。

 現れたのはライナと変わらない程の背丈、光を透過する灰色の髪、真っ白な肌にオパールの瞳の少年。その背中には美しい6枚の羽が生えている。


 少年は息を飲むライナの右手を取り、手の甲に軽く唇を当てた。


「ライナ」


 囀りの様な声でライナな名を呼ぶ。


「……」


 驚いて声の出ないライナに少年は尚も話し掛ける。


硨翡(シャヒ)

「え、何?」


 聞き慣れない単語に、ライナは戸惑い聞き返す。


「名前」

「名前?シャヒって言うの?」


 少年は嬉しそうに微笑む。


「ライナは恩人」

「私?」

「助けてくれた」


 どうやらライナが以前犬狼(ガルム)から助けた事を言っている様だ。


「ライナは暖かい」


 シャヒははにかんで言うと、窓から見える塔を見上げる。


「あの塔、行きたい?」

「う、うん……」

「じゃあ行こう」


 シャヒはライナを軽々と抱え上げる。6枚の羽を広げると迫り出す窓辺へと足を掛けた。


「え?」

「シャヒは獣人」


 確かに、獣人は人より身体能力に優れていて力もあると聞いているが、この戸惑いはそうゆう事ではない。重くないかとか、抱えたまま飛べるのかとか、そんな疑問も確かにあるが、ライナは今自分がどんな状況にあるのか把握しきれていない。


「ライナ一緒に行こう」

「え?……え⁈」


 まさかこのままあの塔まで行こうとしていないよね、と喉元まで出掛かったところでシャヒはライナを抱えたまま空へと舞った。


「ライナ‼︎」


 遠ざかっていく尖塔の窓からナディルがライナを呼ぶ。

 その声は次第に小さくなり、風の音に掻き消されて聞こえなくなった。窓から身を乗り出すナディルの姿さえ見えなくなる。


 冷たい風が吹き付け目を開けているのが辛い。必死に目を凝らして上を見上げると、頭上に塔の先端が迫って来る。霧の様に細かな白い雲、眩しい光、白い屋根。

 そして天空の塔へと辿り着いた。


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