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カリュウとカハクは神託を担う家系に生まれた。見紛う程のそっくりな愛らしい赤ん坊だった。光を湛える大きな瞳に、薄桃の頬。雪の様に白い肌に、紅を点した唇。蔦の様な巻き毛がカハクで風を孕むストレートがカリュウ。性別以外はそんな違いしかなかった。
トレパイルの神殿は代々女児が司教となりその役目をを引き継ぐ。カリュウは司教になるべく厳しくも恵まれた英才教育を受け、カハクはそれをいつも隣で黙って見守っていた。
辛い勉強の中で、カハクの優しい顔はカリュウの心の支えだった。
カハクはいつでも優しくカリュウを受け入れてくれる。暖かい陽だまりの様に包んでくれる。
カハクは小さな頃からカリュウより頭も感も良い子供だった。
そして偶に予言めいた言葉を口にする。カハクの言葉は必ず現実となる。神託を上手く受け取れないカリュウはカハクを羨ましく、しかし誇らしく思っていた。流石未来の司教の弟だ。カリュウの未来は約束されている。カハクが側でサポートしてくれれば怖いものなど無い筈だった。しかし、その想いに反してカハクは口を閉ざしていった。
カリュウが神託を受けて司教の座に就くと、争いの因子となるといけないからとカハクは別の教会へと移される事になった。
カリュウは大好きな優しい弟が居なくなってしまうのを悲しんだ。
「どうして?ずっと隣で支えてくれるって約束したでしょう?」
「カリュウ、ここには私達の敵が多過ぎます。カリュウの為にも行かなくちゃいけません」
カハクの大人びた諭す様な言葉にカリュウは押し黙るしかなかった。
「でも、必ず会いに来ます」
カハクはそう言って小さな白い小指を差し出した。
「寂しくなったら鏡を見て。必ず私がいますから」
優しい笑顔でカリュウの小指を絡ませた。
まるで昨日の事の様に思える。あの約束から何年も経っているのに。
カリュウは丸い磨かれた銅鏡を見詰めて思う。
鏡の中には不安げな自分の顔が映る。余りに長い間会っていないので、もしかしたら彼は自分の作り上げた虚像では無いかも思い悩んだ事もあった位だ。
「カハク……」
小さく言葉に出すと、鏡の中のカハクも同じ様に言葉をなぞる。
でも、今日やって来た竜妃の遣いはカハクの名を口にした。
大丈夫、カハクはちゃんと存在している。私を見守ってくれている。
ここを出たら一番に会いに行こう。
カリュウは本殿の奥に祀られた祭壇に向かう為、神殿裏の泉で身体を清める。
冷たい水が身体の芯まで響いてくる。身震いをしながらも、儀式への不安からか余計な事を考えてしまう。
神は本当に人間なんかに興味があるのだろうか。カリュウはトレパイルの神殿の最高位に就きながらも常々思う。
だって『本物の神託』なんで、本当は受けた事が無いから。
嵐が来るとか日照りが続くとか、昔の文献を読んで空を見ればわかる事だ。全て答えは天に書いてある。
神々の黄昏ラグナレクが起こるのだって、昔からわかりきっていた事だろう。
カリュウが昔受けた神託だって、極限の緊張と重圧の中トランス状態で言った譫言に過ぎない。雷の宝珠に宿る神だって、所詮自分達が作り上げた紛い物だ。
ーーそんな事、わかっている
だからカリュウが雷の宝珠を手に入れる事だって、マニュアルに書かれた一章でしか無いはずだ。全ては予定調和の中にあって、あるべきにしてしか起こり得ない。
昔の残されたマニュアル通りに進めれば何の問題も無いはずだ。
沐浴を終えると、星追と呼ばれる側近の1人が待ち構えていて儀式用の真っ白な着物を用意している。
クリアになった視界で清潔な衣装に身を包むと、全てが上手くいく気がしてくる。
大丈夫。いつもカハクが言ってくれたみたいに、今度は自分で自分に言い聞かせる。
助言者と5人の星追を伴って本殿へと向かう。
カリュウの前を歩く助言者は前司教で、 神事を取り仕切る。カリュウの母親でもあるが、とても厳しい女性でカリュウが司教になってからは親子の会話を一切しなくなった。これもけじめだと割り切っているが、彼女を前にするとどうしても身体も心も強張ってしまう。
星追はそれぞれ鼎、榊、神饌、御神酒、灯明を持ち、神事を補佐する。
祭壇は本殿の奥まった、すこし高い位置に作られている。下された御簾の奥からチラチラと稲光りが漏れて見える。
そっと御簾を持ち上げ潜ると、一層重々しい空気に包まれる。礼と拝を手順通り繰り返して、祭壇奥に鎮座する宝珠を見る。
宝珠の四方には水の入った神具が置かれていて、その周りを取り囲む様に白い雷が音も無く流れる。
カリュウは宝珠に一度も触れた事が無い。司教になってからも一度も。
濫りに触る事無かれ
さも無くば其の身を滅ぼさん
何度も教えられた一節が頭の中を過る。
神を敬い切れないカリュウには宝珠の存在も大して特別には思えないでいた。
意を決して白い雷のその奥へ手を伸ばす。
ピリピリした感覚が身体を伝い、鏡の様に艶やかな丸い珠に触れる。
試される事など、まして拒絶される事など考えもしなかった。
正に、『雷に打たれた』、そんな鋭く大きな刺激が身体中を駆け巡った。




