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ナディル達はアースガルズ大陸のトレパイルに向かっている。
トレパイルは王都と同じアースガルズ大陸の東の端にある。しかしアースガルズはこの星で最も広い大陸である為、馬で走っても1週間はかかる。
トレパイルは神の御子派の教会に属している為、転移の魔方陣で直接行く事も出来ない。仕方がないので近くの街まで転移し、そこから馬を走らせる事になった。
トレパイルはタフグレンと同様に元々は独立した小さな国だった為、独特の文化が根付いている。しかし友好的なタフグレンとは違い排他的な一面を持っている。
古くから神託を受ける神の御使いの末裔と言われる一族が、敬虔な信仰の民と築いた国だ。長い間国を閉ざしてきた為、愛国心も強い。王都と深く交流を持とうとしないのもその為だろう。
ハイメは動物の扱いには慣れたもので、馬も難なく乗りこなす。
「ユニコーンだって作った事あるよ〜
洞窟の中で走らせたらヴィトに怒られたけど」
今は思いっきり走れる事を嬉しそうに言う。
「どうせならもっと厳つい子でも良かったなぁ」
ハイメはナディルの馬を横目に少し残念そうに呟く。するとハイメの馬が不服そうに鼻を鳴らす。
「ごめんね、君も充分かわいいよ」
ハイメは自分の乗っている馬の栗色の鬣を撫ででやる。馬は機嫌を直したのか、速度を上げて颯爽と走る。
エンコの一族のルーツは遊牧民であるらしい。乗馬の訓練は小さい頃から受けている。
「当前の嗜みよ?」
笑顔で軽やかに乗りこなすエンコは育ちの良さを感じさせる。
1人だけろくに馬に乗る事のできないライナはナディルの後ろで振り落とされない様にするので精一杯だ。
「今度王都に戻ったら練習しようか」
ライナの気持ちを察して、ナディルは優しく声を掛ける。
本当はこうやって頼りにされるのも嬉しいのだが、ライナが引け目に感じてしまうのなら、彼女の力になってやりたかった。
トレパイルに行くにはノルグの森を走らなければならない。
ノルグとは森の幹に棲む妖精の一種で、自分たちの領域を侵される事を異常に嫌う。姿は小さく醜く、とても素早い。性格は攻撃的で残忍な一面を持っている。
森を進んで間も無く、小さな何かがナディルの頬を掠めた。
ノルグだ。
それを合図に次々とハイメの腕やエンコの脚を素早い影が狙う。
「痛っ」
「何、これ!」
「森に入る前に話したノルグだよ。
避けながら応戦して!」
ナディルは飛び交う小さな影を短剣で叩き落としながら進む。
ノルグは数が多い。立ち止まればたちまち囲まれてしまう。どうしてもこの森を越えなければトレパイルには辿り着けない為、強行突破するしか無かった。
「ハイメは周りが見えなくなりがちだから、一匹を狙うんじゃなくて全体を把握して。
エンコは攻撃範囲が広いから、動きを予測して全体のサポートに回って」
ナディルは的確に2人に指示をする。
ライナはちらりとナディルを見る。ナディルはライナの視線に気づき、にっこりと微笑む。
「ライナ怪我は無い?俺の後ろに隠れていてね」
ライナは完全に自分が頭数に入れられていない事にむっとする。
確かにライナはナディル程強くないし、実戦にだって大して慣れていない。でも足手纏いになるのはごめんだ。
自分の意志で始めた旅だ。宝珠を集めるのは自分の為でもある。自分から動かなければ何事だって上達しない。
守られるばかりは嫌だ。強くなるって決めたのだから。今度は守れる様に。
エンコは踊る炎で遠方から迫るノルグを撃ち墜とし、ハイメは鞭をしならせて近付いてくる者達を叩き落としていく。
ライナは自分の精霊の力に問い掛ける。
ーー守りたいの。力を貸して
ライナの中に流れる清らかな水の力がさわさわと音を立てる。
大丈夫。上手く使いこなせるはず。これは自分だけの力ではないから。
セファの顔を思い出すと、心が凪いで落ち着いた。
ライナは自分の中の清らかな源流を両の手に集中させる。
精霊の力が水となり姿を現し、ライナの両手の間でキラキラと輝いた。
ライナは瞳を閉じたまま、この森を飛び交う影を把握しようと意識を研ぎ澄ませる。
鼓動を感じた。ノルグ1匹ずつに流れる血潮の鼓動。まるで手に取るようにそれぞれの存在を感じる事ができる。
ーーこれにぶつければいい……!
ライナの中の精霊の力は力を増して膨れ上がる。
ライナが瞳を開けると同時に両手の間から無数の光を帯びた水が飛び出し、龍の様にうねりながら勢い良く走る影にぶつかった。
影はギャッと低く潰れた声を上げながら一斉に撃ち落とされていった。
「すごい、今のライナ?」
ハイメが感嘆の声を上げた。
「ライナ、助かったわ。ありがとう」
エンコもにっこりとライナを見て礼を述べる。
ライナは何だか気恥ずかしくて小さく首を振った。
「……ライナ、あんまり無理しないでね」
ナディルだけは少し心配そうに言う。別にナディルに褒められたかった訳ではないが、何だか残念に思ってしまう。
ーー私はいつまでナディルが探していた頃の小さくて無力な子供なんだろう
ナディルの大きな背中からはライナを労わる温かい鼓動が伝わってくる。
何かを守りたいと想う気持ちは祈りに似ていて、強過ぎる祈りは呪いに似ている。




