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王宮に戻ると廊下で見覚えのある後ろ姿を見かける。
「ライナ!」
ナディルは思わず後ろから声を掛けた。
ライナは驚いた様に身体を小さく震わせた。
「なんかすれ違ってばかりだね。今日は一緒に夕飯食べられる?」
足早に駆け寄ったナディルが優しく言うとライナは頷く。
「じゃあ、今日は天気がいいから中庭に用意してもらおう」
ナディルは上機嫌で提案した。
一度部屋に戻ってから中庭に行くとナディルとライナ、2人分の夕飯が用意されていた。陽は沈んでしまったが、太陽の名残りで空はぼんやりと薄明るい。白い化粧の施された鉄製のテーブルの上と足元には小さなランプが置かれていて、風が吹くたびゆらゆらと淡い影を揺らした。
庭は鮮やかな新緑に満ちていて、青々しい草木の匂いが漂ってくる。
ナディルはクッションの置かれた硬い椅子に座りライナを待つ。
程なくして現れた彼女は何だか少し緊張した面持ちで椅子に腰掛けた。
「2人きりで夕食なんて、なんだか久し振りだね」
ナディルは可笑しそうに言うと、ライナはそうかな、と事も無げに言う。
「温かい内に食べよう」
ナディルは用意された料理を勧める。
ライナが白玉葱のスープに口を付けるのを確認して、大皿に盛られたハーブと白葡萄酒で蒸した貝を装う。濃い紫色の貝がぱっくりと口を開けて丹色の身を覗かせている。あっさりとした塩味が葡萄酒とよく合う。
「ライナ、旅をしてみてどう?色々な街を見るのは楽しい?」
ナディルはライムグリーンの透き通る葡萄酒を一口飲んで尋ねた。
ライナは手を止めて遠い眼差しで答える。
「うん。私には知らない事が沢山あるんだなって実感する」
自分自身の事だけではなくて。やはり世界は広いのだと思う。
「過去は受け入れられている?」
ナディル何でもない様にさらりと尋ねた。
ライナは黙って頷いた。
ナディルは何も聞かない。しかしライナが昔の記憶を取り戻している事に気が付いている。
その見守る様な優しさが嬉しくて、むず痒かった。
「実はね、ルースが……この前少し話したよね、妹が、王都に来ているんだ」
ナディルは珍しく言葉を濁しながら話を持ち出した。
ライナは予想外の話に少し戸惑う。
「王都の学校に通う事になったんだって。だから、もし、ライナが会いたくなったらだけど、会ってほしいなって」
ナディルはそっとライナの顔を見てみるが、表情の乏しい彼女の顔からその心の内は図りかねる。こんな時ルースなら感情を読み取る事ができるのだろうか。
「勿論、ライナが会ってもいいって思えたらでいいんだけどね。ルースは会いたがっていたから。
何年かはこっちにいるはずだから。そう思える様になったらでいいから」
ナディルは 優しく言う。
ーー姉……
ライナは不思議と前よりその言葉に不快感や拒否感を感じなかった。ほんの少しであるが、心が変化しているのだろうか。
「あの……次、」
ライナは声を震える振り絞った。今言わないと。今言葉にしてしまわないと決心が揺らぎそうだった。
「次の旅から戻ったら、会いたい……です」
少しの間が訪れ、ナディルの光を孕む翠の目が見開かれる。
「本当?」
ナディルは予期していなかった答えに驚き、嬉しそうな声を上げた。
「そっかぁ……そうだね。楽しみだな」
ナディルは楽しそうに葡萄酒を口に運ぶ。
陽はすっかり沈み夜の闇が2人を包み込む。輝く星の下で過ごす時間は何とも贅沢だ。
口数の少ないライナだが、少しずつ心を開いてくれている様に思う。彼女の考え込む時少し口を尖らせる癖や、言い出し辛い時髪の毛を弄る癖を可愛らしく思っている。こうやってお互いに少しずつでも時間を共有して、理解し合っていきたい。そうすればこんなのんびりとした時間を家族で過ごす日も遠からずやってくるのではないかとぼんやりと描いてみる。
甘い毒は己も知らぬ間に内側から蝕んでゆく。ゆっくりとだが確実に。
彼の中の魔物はまだ息を潜めたままだが、彼の思い描く未来は永遠に来ないのかもしれない。




