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王立図書館の本の数はいつ見ても圧巻だ。清潔な近代的な白い壁に囲まれて、様々な本が果てる事無くきっちり整列されている。神経質なその背表紙の文字達をそれとは無く目で追ってみる。
窓から入る光で室内は明るく、多くの人が静謐を保ちながら行き交う。誰もが皆本と対話している。
ナディルは部屋の角の赤茶色の机に向かう。机は等間隔に並べられ、真面目そうな学生達が本やノートを広げて静かに勉学に励む。その中から分厚い本を沢山積んで姿が見えなくなってしまった少女を見つけ出すと、そっと声を掛けた。
「ルース」
本の間からぴょこんと栗色の髪の毛が現れる。
「お……」
にいちゃんと大きな声を出してしまい、ナディルに慌てて口を塞がれる。
「ルース、静かにね」
栗色の髪の毛を2つに結んだあどけない顔の少女は、ナディルと同じペリドットの瞳を大きく見開いて頷いた。
ナディルがそっと口を塞いでいた手を退けると、ルースは急いで机に散らばった本やノートを掻き集める。
「ちょっと待ってて」
そう小声で告げると開いていた本を閉じ、山の上に更に積み上げる。
「そんなに慌てなくていいよ。俺が早く来ちゃったんだし。終わるまで待ってるよ」
ナディルも囁く様に言うが、ルースは大きく首を横に振る。
「早くお兄ちゃんと話しがしたいの!」
そう言ってにっこりと嬉しそうに微笑む。ナディルは諦めて本を片付けるのを手伝った。
2人は王立図書館を出て、併設されている公園のベンチに腰を下ろす。ナディルはスタンドでミントレモネードと炭酸水を買った。
王都の午後は穏やかで気持ちの良い日の光が照りつける。公園の木々が木漏れ日を落として人々に憩いを促している。
「ルース、王都の学校に通うんだって?」
ナディルはルースにミントレモネードを渡すと、スライスレモンの入った炭酸水を一口飲んだ。
「そうだよ。私は魔法もろくに使えなくてお兄ちゃんの役に立てないから、せめて薬学を学ぼうと思って」
ルースは魔力の無い自分を卑下する事無く、にっこりと答えた。欲しがるのでは無く与えられた物に充分に感謝する、彼女の良い所だ。
「そうか、頑張るんだよ」
そう言って軽く頭を撫でてやるとルースは満面の笑みで嬉しそうに言った。
「それに王都にいた方がお兄ちゃんに沢山会えるでしょ」
ナディルはその笑顔を微笑ましく眺めた。
「父様と母様は元気?」
「うん、相変わらずだよ」
ナディルは心配性の父がよく王都の学校へ行く事を許したな、と感心する。きっと気の強い母に説得されたのだろう。
「でも毎週手紙を書けって」
ルースはうんざりした表情で肩を空かして見せた。その様子にあぁ、やっぱり、とナディルは苦笑する。
ナディルはルースにライナの事を言おうか迷う。
本当はライナを連れて来ようと思っていたのだが、すれ違ってばかりで会えないでいた。エンコの部屋で何やら話に花を咲かせていた様で夕食時にも顔を見せなかった。女の子の友達が欲しかったのだろうと邪魔をしないでおいたのだが、そのまま世界樹の森へ行って戻らず、ずっと会えず仕舞いでいる。
家族に対して警戒心を抱いている様子だったので、本人に了承を得る前に迂闊に話してしまうのも気が引けた。
ナディルが少し迷っていると、ルースが顔を覗き込みじっと見詰める。
「お兄ちゃん、何か良い事あったでしよ」
ナディルはルースの言葉に驚いた。
ルースは母親に似てとても勘の良い子だ。特に人の感情に敏感で些細な事でも隠し事をするのが難しい。
「もしかしてだけど……ライナ?」
若葉の様なペリドットの瞳をキラキラさせてルースはナディルの顔を覗き込む。彼女の言葉にナディルは観念した様に両手を上げた。
「降参。ルースには隠し事できないな」
ナディルは諦めて笑った。
「どうしていつもバレちゃうんだろ」
ナディルはいつも不思議でならない。自分も勘の良い方だが、彼女程では無い。コツがあるなら教えてもらいたい位だ。そんなナディルにルースはあっけらかんと言い放つ。
「だって、お兄ちゃん嬉しそうなんだもん」
「そうかな?いつもと変わらないつもりだけど。
ルースに久しぶりに会えたから嬉しいのかもしれないだろ?」
「ううん、『私に会えて嬉しい』の嬉しいじゃないの。
懐かしいんじゃなくて新しい感じ。
うーん、何て言えばいいんだろう……難しいな」
ルースは両手を組んで唸った。きっと言葉では言い表せない、彼女の感じる何かがあるのだろう。
「それでねルース、ライナの事なんだけど……」
ルースは悩むのを止め、期待で目を輝かせてナディルを見詰める。
「ルースはライナに会いたい……よね?」
「勿論!」
ナディルの問いにルースは即答して首を縦に大きく振った。
「だよね……でもライナは色々と複雑な想いがあるみたいで、直ぐには会えないと思うんだ。彼女の気持ちが落ち着いてからでもいいかな?」
ルースは真剣な面持ちでナディルの話しを聞いた。
「わかった。
でもライナが会いたいって思ったらすぐ会えるんだね。よかった」
ライナは無事でもう1人では無い。それが本当に嬉しくて、安心した様子で微笑むルース。
自分以外の人を思い遣る事のできる優しい子に育ってくれた妹を誇らしく思った。
その後もルースのお喋りは止め処なく、ライナの様子、訪れた街の事、学校での出来事等を話していたら時間はあっと言う間に過ぎていた。暮れかけた空に夕刻を知らせる教会の鐘が響く。
王都の学校は全寮制で門限もある。昼間は自由に行動できるが、夜は色々と厳しいらしい。
「あ、もうこんな時間」
ルースは残念そうに眉を下げる。
ナディルは寮までルースを送ろうと思ったが、彼女は頑なにそれを断った。
「寮のみんなお兄ちゃんの事を好きになったら困るもん」
「そんな事無いから大丈夫だよ」
苦笑いするナディルにルースは頬を膨らませて言う。
「そんな事あるの!
隣町のお姉さんだって、花売り娘だって、行商の子だって……
とにかく今はまだ『ルースだけのお兄ちゃん』でいてほしいの!」
断固として譲らないルースにナディルは仕方無く諦める。
「何か困った事があったら、何でも言うんだよ。俺が出掛けていても困らない様にしておくから」
ナディルは彼女の肩を叩いて名残惜しそうなルースを見送った。
彼女の姿は薄明の夕の空に溶け込む様に消えていった。




