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セブンス エッダ  作者: りん
甘い蜜毒
64/118

4

「ライナ、大丈夫?」


 ソファから起き上がるとエンコの声が聞こえた。


「もう少し待っても目が覚めない様なら、誰かを呼びに行こうと思っていたのよ」


 心配そうに声を掛ける彼女だが、テーブルの上には石やガラス玉が転がっている。放っておいて言い残し、突然倒れる様に意識を手放したライナに、最初はどうしようかと慌てふためいたエンコだったが、彼女の言葉通り暫く様子を見る事にした。水を用意して彼女にブランケットを掛けてやるとする事が無くなり、かと言って放置して出掛ける訳にもいかないので、買ってきた石でアクセサリー作りに興じていたのだ。

 大事(おおごと)にされずにライナはほっとする。


 ふと石やガラス玉の散らばったテーブルの上に転がる赤いキャンドルに目が行く。


「ねぇエンコ、そのキャンドルはどんなおまじないなの?」


「これ?これはね、夜一人きりで灯してその炎が消えるまで待っていれば好きな人に会う事ができるのよ」


 ロマンチックでしょ、とうっとりと言う。

 ライナは過去に竜妃の願いを壊してしまったのだと思い、申し訳なく思った。しかし、そんな子供騙しなまじないまでして会いたかった相手とは誰だったのだろう。何だかそんな竜妃がいじらしく、可愛らしく思えた。


 ーーそう言えばあの鱗……

 ライナは竜の鱗が今手元に無い事を残念に思う。




 ライナは世界樹の森へ足を運んだ。日はすっかり落ちていて木々の隙間から月光が差し込む。

 ティレットはこのところ忙しいのか何かと姿を見せない事が多い。


 世界樹に凭れ掛かり耳を押し当てると、さらさらと木の中を流れる水の音を感じる事ができる。流れる水の音は心地良くて、自分を浄化してくれるみたいで落ち着く。負の感情や行いが赦されて流れていく様だ。

 瞳を閉じて音に聞き入ると、隣に暖かな気配を感じた。

 そっと目を開けるとティレットがしゃがみ込み、ライナと同じ様に木に耳を当てていた。


「生命の音が聞こえるでしょ」


 囁く様にティレットは言う。

 月光の下、金色の髪の毛が飴細工の様に輝きながら彼女の白い顔に掛かっている。

 ライナはもう一度瞳を閉じ、世界樹が吸い上げる生命の音に耳を澄ませた。


「ライナ、世界は美しい?」


 ティレットは感情の無い声で問う。


「……まだわからない」


 ライナはそっと答える。

 ティレットの右手が木の上に置かれたライナの左手にそっとら重ねられる。白魚の様な細い指はほんのりと温かい。

 小さい頃よくこうしていたな、とぼんやりと思い出す。彼女の美しい瞳も愛らしい顔も変わらない。強い眼差しが痛い位に見詰める。高く遠い澄み渡る空の様な瞳に吸い込まれてしまいそうだ。


 ティレットの瞳は喜びも悲しみも不安も全てを受け入れ反射する。強い眼に見詰められると責められている様に感じるのにどこか安心する。まるで鏡を見ている様だ。

 ピッタリと欠けた破片が収まり、空っぽだったコップが満たされる。

 決断の時に彼女はきっと傍にいるのだろう。確信に似た予感が胸を掠める。


 まだ、わからない。世界が美しいのかどうか。ライナの世界は悲しみと絶望に溢れていて、彼女の小さな手には負えない気がしていた。捨ててしまおうかとさえ思った。でも、ほんの小さな我が儘がライナを導き、生かしている。


 ーー世界を見てごらん


 彼の言葉が彼女の全てだった。今、ライナも気付かない内に、ほんの少しだけ世界が変化しようとしている。

 世界は美しいだろうか。それとも残酷に彼女を打ちのめすだろうか。

 今はまだわからなかった。

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