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報告書の書き方についてセファに煩く指導されていたライナは、午後の陽も傾いた頃にようやく解放された。慣れない事をして疲れてしまったので、外の空気を吸おうと庭に出ると驚く程天気が良かった。太陽が燦々と降り注ぎ、新緑の緑を透かしている。折角なのでお茶を用意してティレットに会いに行こうかと思い、食堂に向かう廊下を歩いていると、王都観光から戻って来たエンコとハイメに出喰わした。
「やっぱり王都はすごいわ」
「僕はもういいよ。疲れたよ。部屋に戻るから」
エンコに散々付き合わされた ハイメは心底疲弊した様子で部屋に帰って行った。
エンコは冷めやらぬ興奮を共有できず、残念そうな顔をする。
面倒くさがりのハイメが散策に付き合うなんて珍しいな、と思い見ているとエンコと目が合った。
「ライナ!今街で素敵な物を買って来たの!」
エンコは屈託の無い笑顔でライナを捕まえて嬉しそうな声を上げる。
「ちょうど良かったわ。ライナにも見せてあげるから私の部屋へいらっしゃい」
エンコに腕を掴まれてライナは彼女の部屋へと連れて行かれた。
エンコの部屋はライナの部屋と殆ど変わらない造りだが、白を基調に鮮やかな緋色があしらわれており明るい印象だ。
エンコはライナを大きな緋色のソファに促すと艶やかなマホガニーのテーブルの上に戦利品を並べ始めた。
淡い鴇色の石、甘い匂いのお香、躑躅色の毛糸、真っ赤なキャンドル…エンコが一つずつ説明を始める。
「この石は肌身離さず持っていると両思いになれるって。
このお香は部屋で焚いて、匂いの染み込んだ服を着ていれば好きな人に振り向いて貰えるのよ」
どうやらどれも恋のおまじないのアイテムらしい。
呆気にとられるライナにエンコは不思議そうに聞いた。
「ライナ、好きな人いないの?」
ーー好きな人……
ライナの頭にナディルの顔が浮かぶ。
ーー違う!似てるけど違うから!
ライナは慌ててナディルを頭から追いやる。
そして少し顔を赤らめてそっぽを向いて答えた。
「……いない」
「なぁに、ライナ。本当はいるんでしょ」
怪しむエンコはライナに躙り寄る。
「……私の好きな人はもう会えない」
ライナは珍しく、寂しげに口元に笑みを浮かべて言った。寂しさが、悲しさが、溢れない様にする為だ。
ライナの好きだった人はナディルに似ている。髪の色も瞳の色も違うのに。その佇まいが、微笑みが、優しさが。纏う空気が、切なくなる程似ている。
彼に会った時、運命だと思った。そして決して逃れられないと悟った。どんなに必死に否定しても、彼を突き離す事ができなかった。彼女の幸運は、失った筈だった彼に出会って、今、一緒に居る事。本当は兄妹だなんてどうでもよかったのかもしれない。寧ろ失望してしまった。否定したくてムキになっているのかもしれない。
でも、もう一度会えたから、今度は自分が傍にいて、守りたかった。今はそんな力が無くても。もう絶望も後悔もしたくなかった。離れたくない。唯それだけだ。それしか無かった。
ーー本当は違うと知っているのに……
複雑そうなライナの表情を見て、エンコは元気づけようと笑ってみせる。
「大丈夫よ、ライナ。素敵な人がきっと現れるわ」
にっこりと微笑む彼女の顔は美しい。その答えはライナの望むものではないけれど、彼女なりに自分を励ましてくれているのだと思うと嬉しかった。
エンコは徐ろに宝珠を取り出して眺める。
「赤い色って情熱や愛情の色なんだって。きっとこの宝珠持っていたら良い事あると思うの。ライナにも分けてあげるわ」
そう言って愛おしそうに燃える珊瑚色の珠に軽く口付けた。
ライナは宝珠を見てどきりとする。
ハイメの土の宝珠に触れて、ライナは過去を見た。この真っ赤な炎の宝珠に触れたらまた違った記憶を取り戻せるのだろうか。欲しかった過去の自分を。
でも正直少し怖かった。知らない昔の自分を受け入れるのは勇気がいる。いけない秘密を覗き見る様な気持ちになる。毒のある甘い蜜を持った花に誘われている様だ。でも今のライナには必要な事だった。前を向いて進む為に。
ライナは覚悟を決めてエンコに告げる。
「エンコ、その宝珠、少し触らせてもらってもいい?」
「勿論」
エンコは笑顔で宝珠をライナの目の前に差し出した。
「私が倒れても、そのまま寝かせておいてくれていいから」
そう言うと、彼女の差し出した宝珠にそっと触れた。




