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ナディルはジグムンドと世間話をしながら子供達と遊んでいた。祭りでお菓子をくれたナディルは人気者だ。
服を引っ張られたり、髪を引っ張られたりしているライナは子供達の悪戯を持て余している。ハイメは知らない間に姿を消してしまった。
家事を黙々とこなすロスクヴァは物静かな女性だ。子供達をあしらいながら手際良く自分の仕事を進める。しかしシアルフィとエンコの様子が気になるのか、しばしば奥の扉に目を遣っている。
程無くして奥の部屋の扉が開き、2人が出てきた。
机を拭いていたロスクヴァが素早く顔を上げてシアルフィを見た。
エンコとシアルフィは笑っていたが、触れ難い張り詰めた空気が漂っていた。
ロスクヴァの視線にシアルフィが気付き、優しく愛おしいそうな眼差しが注がれる。ロスクヴァは安堵した様に顔を緩める。
シアルフィのロスクヴァを見詰める眼差しは、エンコの見た事の無いものだった。それを見た時、何かがストンと崩れ落ち、在るべき場所へ嵌る音がした。
エンコはその場から逃げ出す様に庭に出た。
片隅の高い木の下にハイメが退屈そうに1人で座っている。室内の子供達の喧騒から逃れて来たのだろう。
エンコは彼の隣りに腰を下ろした。
来訪者に顔を上げるハイメにエンコは言う。
「失恋しちゃった」
眉を下げながらも、少し舌を出して笑った。精一杯の強がりだ。
「ふぅん。僕、恋すらした事ないや」
ハイメは彼女を一瞥してから、立てていた膝の上に顎を乗せる。
「……恋ってどんなものなの?」
彼女の儚くも美しい横顔を盗み見て、自分の経験した事の無い感情に少し興味が湧いた。辛い想いをするかもしれないのに、それでも抱く気持ちとはどんなものなのだろう。
「……世界が色を変えたみたいにキラキラ輝いて見えて、素晴らしく美しく思えたの。嬉しくて、心が跳ねて、それだけで生きていける様な気がしたの」
でもそれは錯覚で、独り善がりでしかなかった。世界は何も変わってなどいなかった。
エンコは色の褪せた世界に取り残されたのだ。
「僕、そうゆう気持ち分からないんだ」
ハイメは詰まらなそうに答える。
「でも、きっと君みたいに素晴らしく美しいものなんだろうね。何だか羨ましいな」
ハイメはいつか自分も見る事ができるのだろうかと思った。輝かしい世界を。エンコの様に誰かを一途に思う事はきっと今までの世界を変えるのだろう。
「ありがとう」
エンコの頬を大粒の雫が一筋流れた。彼女は慌ててそれを拭うが、堰を切ったかの様に涙は溢れて止まらなくなる。エンコは咄嗟に膝の上に顔を伏せた。止め処なく涙の粒が頬を伝い、殺した嗚咽が肩を静かに震わせた。
大好きなスルーズ。でも彼はもう居ない。彼の居ない色褪せた世界で生きなければいけない。彼と彼の愛する者の為に、この世界の為に。シアルフィと約束をしたから。
こんな想いをするから、恋などしてはいけなかったのだろうか。違う。エンコの見た世界は確かに輝いていたから。彼に会えるだけで嬉しかったから。彼が存在するだけで世界は輝いたから。まるで太陽の様だったから。決していけない事ではない。
ハイメは声を押し殺して泣くエンコの頭をそっと撫でてやる。ヴィトが眠るハイメの頭を撫でてくれた様に。あの暖かい優しさが少しでも伝わればいいと思い、彼女が落ち着くまで何も言わず撫で続けた。
2人を見守る様に気の早い覇王樹か小さな花を咲かせていた。




