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セブンス エッダ  作者: りん
生贄の恋
56/118

7

 エンコは生まれながらに愛された子供だった。高い魔力を持ち、自然の加護を受けていた。その所為で彼女は母親を焼き殺してしまったが、聖なる生贄として彼女の母は聖人となり、生まれながらにエンコは巫女となった。彼女の周りはいつも明るくキラキラと輝いてた。彼女は神に召し上げられ、神殿で不自由無く暮らした。ジグムンドは父親とすら離れて暮らさなければならない小さな彼女を不憫に思い、甘やかして育てた。エンコは愛くるしい明るい子供だったが、彼女の我が儘はしばしば侍女達を困らせた。


 彼女は独り神殿で過ごす時、炎に囲まれた宝珠に話しかけた。炎はエンコが、語り掛けると頷くように揺らめいた。その美しく色を変える炎を飽きる事なく眺めていた。


 ある日エンコは祭りに行きたいと言って駄々を捏ねた。祭りはこの地の自然の神の為のもので、巫女であるエンコは祭りの間、舞いを神に捧げなければならない。その為、神殿からは出られない。しかし侍女達から伝え聞いた外の様子を見てみたくて、街に行きたいと泣きじゃくった。

 彼女が泣くと、彼女の気持ちを表すかの様に周りには無数の鬼火が現れる。その日は鬼火が多く現れ、怒る様に燃え上りながら彼女の周りを取り囲んだ。その光景に侍女達は驚き慄いた。

 誰もが怖がり手がつけられない中、臆さず彼女に近づき、肩に乗せる様に抱きかかえたのがスルーズだった。

 スルーズは背の高い、女性の割にはがっしりした人物だった。プラチナの瞳と髪の毛が鬼火の光の中、キラキラと輝いていた。

 エンコは一瞬何が起きたか分からなくて泣き止み、高くなった視界から近くなった空を見上げた。


「ほら、大事にされてるからってそんな我が儘言ってたら誰も居なくなるぞ」


 スルーズのハスキーな声が心地良くエンコの中に響いた。いつの間にか鬼火は消えていた。


 それからスルーズはエンコの侍女になった。スルーズは他の侍女達とは違い、我が儘を言うエンコを強く叱った。駄目な事は駄目だとはっきりと言い、彼女の我が儘に耳を貸さなかった。その代わり、舞いが上手く踊れたり、誰かの為に良い事をした時には大袈裟に褒めて喜んでくれた。そんなスルーズにエンコはとても懐いた。

 背の高いスルーズにエンコはよく肩車をしてもらった。空がいつもより近く、少しだけ自由になれた気がした。スルーズからはいつもお日様の匂いがした。


 数年が経ち、エンコは小さな我が儘は言うが、聞き分けのいい少女に成長した。そして街一番の舞いの踊り手になった。彼女の踊りを一目見ようと、年に一度の祭りの日には近隣からは首長達がこぞって押し寄せた。

 神殿で侍女達と暮らすエンコはジグムンド以外、余り男性に触れる機会が無い。彼らを見てからエンコはスルーズに違和感を覚える様になった。

 スルーズは他の侍女達とは何かが違った。


「ねぇスルーズ、あなたって他の侍女達と何か違う」


 いつもの様に髪を梳かして貰いながら、スルーズに話し掛けた。


「違うって何が?」


 スルーズは鼻歌交じりに軽く答える。


「何て言ったらいいか分からないけど……一緒にいると安心するのにたまに胸が痛くなるの」


 そう言って膨らみかけた自分の胸に目を落とす。

 スルーズが他の侍女と話しているのを見ると、邪魔をしたくなる。スルーズはエンコのだと言って抱きつきたくなる。スルーズには仕事の邪魔だと怒られるが。

 彼女はまだこの気持ちの名前を知らなかった。


「それは、困ったな」


 スルーズは手を止めて困った様に笑った。

 エンコはこの時、彼の言葉の真意がわからなかった。


 その日の夜、エンコは湯を浴びた後、火照った体を冷まそうと、真っ直ぐ部屋には戻らず庭に出た。満天の星空がまるで溢れ落ちそうなくらい美しかった。

 静かな夜を独り占めした気持ちで堪能していると、庭の片隅でヒソヒソと話し声が聞こえてきた。エンコはそっと近づき耳をそば立てた。


「……無理です。彼女ももう大人だ。流石に……と気付き始めています」

「……そうか。しかし……」


 ジグムンドとスルーズだった。

 スルーズは夜着に着替えており、いつもと違う凛々しい雰囲気にエンコの胸は高鳴った。はだけた胸は逞しく、あるべき柔らかな膨らみは無かった。


 ーーあれ?

 エンコの中の違和感が大きくなり、もやもやしたものが形を形成していく。戸惑いと驚きが胸を支配するが、その答えは見出せない。

 見つからない様にそそくさと部屋に戻り、薄い布団を頭まで被った。


 ーーあれってどうゆう事?スルーズって……?

 ずっと感じていた違和感はこれだったのだろう。

 でもまさかそんな事、と否定して眠りに身を任せる。


 次の日スルーズは姿を見せず、代わりにジグムンドが神殿を訪れた。

 彼は穏やかに、しかしどこか悲しげにエンコに尋ねた。


「エンコ、スルーズの事は好きか?」


 昨日の事を思い出して心臓が大きく跳ねた。もしかしてスルーズをどこかにやってしまおうとしているのでは無いだろうか。


「うん、大好き!スルーズじゃないと嫌よ!」


 エンコは慌てて答える。

 彼女の答えにジグムンドは険しい顔で考え込んだが、直ぐににっこりとしてエンコの頭を撫でた。


「そうか」


 彼の優しそうな目を見て、エンコはほっと胸を撫で下ろした。これできっと大丈夫。ジグムンドはエンコの言う事を何でも聞いてくれるから。スルーズはずっとエンコのものだ。


 しかし彼女の想いとは裏腹に、その日からスルーズは現れなくなった。

 侍女達に聞いてもわかりません、としか答えない。不機嫌そうなエンコを見ては、目を逸らしてそそくさと去っていく。


「ジグムンドを呼んで!」


 エンコの訴えでジグムンドが来たのはその3日後だった。


「ジグムンド!スルーズはどうしたの⁉︎ どうしていないの!」


 3日も待たせた彼にエンコは不満を有りったけぶつけた。

 ジグムンドは困った様な悲しい様な顔をするばかりで黙ったままエンコの不満や怒りを聴いた。


「スルーズはもうここへは来ない」


 彼女が少し落ち着いたのを見計らって、ジグムンドは静かに告げた。彼のその言葉にエンコは驚いた。頭を打たれた様な衝撃に、直ぐには彼が何を言っているか分からなかった。受け入れられなかったのだ。


「どうして……?」


 エンコは静かに呟く。どこで答えを間違えたのだろう。ジグムンドは黙ったままだ。

 怒りと悲しみ、戸惑いが込み上げる。

 何がいけなかったのだろうか。エンコには分からない。


 エンコは彼に恋をした。淡い淡いほんの小さな生まれたばかりの気持ちだった。

 しかしそれは巫女である彼女には許されない事だった。

 彼が居なくなった原因はエンコ自身だった。








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