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王宮に着くとハイメを連れて謁見の間で竜妃に目通りした。
洞窟では見た事の無い沢山の人と豪華な建物にハイメは驚く。行儀良くしろと散々言われたので、隅々まで見たい好奇心を抑え、そわそわしながらあちこち盗み見る。
その様子を微笑ましく思いながら、竜妃は声を掛ける。
「ご苦労であった」
その声にナディルは深く頭を垂れる。ライナもナディルを見習い、そっと頭を下げた。
ハイメは目の前に座る高貴な女性を真っ直ぐ見て、臆することなく声をあげた。
「あなたが竜妃様?」
「左様」
明け透けな質問に竜妃は咎める事無く応じる。
「アウルヴァングとヴィトがよろしくって言ってました」
ハイメは2人から預かった言伝をしっかりと伝えた。
「そうか。2人とも息災か?」
「うん、元気だよ」
竜妃の言葉にハイメは嬉しそうに答える。
「竜妃様は2人とお知り合いなの?」
ハイメは不思議そうに尋ねる。
「そうじゃな。
ヴィトが族長になりたての頃、よく土人形を暴走させておってな、近隣の村からも苦情も出ておったのじゃ。
余も国を治める者としてどうにかせねばならぬと思って、アウルヴァング達と共存する事を提案したんじゃ。最初は渋っておったが、グノームの知識と金属細工の技術でチャオヤンの武器や装飾品は王室に献上されるまでになったのじゃ」
「へぇ~じゃあドヴェルグとグノームが一緒に住むようになったのは竜妃様のお陰なんだ」
アウルヴァングとヴィトに出会えたのは、そもそも自分が作られる切っ掛けになったのは、竜妃のお陰と知ってハイメは感嘆する。
「余は道を指し示したにすぎぬ。共存できたのは彼等の努力じゃ」
実際には竜妃自らが何度も足を運んだ。それに心を動かされたアウルヴァングとヴィトは共存の道を選んだ。特にアウルヴァングは何度もやってきた神々しい彼女を慕っていた。
「宝物庫に彼等の献上品がある。どれも素晴らしい物ばかりじゃ。後で見るか?」
「見てみたい!」
竜妃の言葉にハイメは目を輝かせた。
きっとアウルヴァングとヴィト達が竜妃の為に作った素晴らしい品だ。今までは余り興味がなかったが、ハイメの知らない頃の2人の作品が見てみたいと思った。
午後のお茶の時間、ナディルとライナは竜妃と共に貴人の間でお茶を飲んでいた。
セファはハイメを宝物庫を案内している。ティレットは何か用事があるらしい。
「次の目星はついておるのか?」
「はい、タフグレンにしようかと思っております。あそこは使い手も見つかっています。それなにもう直ぐ祭りの季節なのでそれに合わせて行こうかと」
「タフグレンの火祭りか」
「はい。でも、ライナが体調を崩して倒れました。
少し休養させてもらおうかと」
「ライナが?大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です」
竜妃の瞳がじっと見つめる
「もしや何か思い出したのか?」
「いえ……」
ライナは目を伏せる。あれは只の夢だったのかもしれない。セファにきちんと確認しておきたかった。内容が内容なだけに彼以外には余り話したくない。
「良い、ゆっくりと考えてゆっくりと思い出せ」
竜妃は急かさず、ライナの意思を尊重してくれる。悠久の時を生きている為だろうか。ライナは安堵する。
「ナディル、次の地にハイメも連れて行ってやれ。
ハイメの事は鍛えてくれと彼らに頼まれておってな」
ライナはセファを探したが、忙しく王宮を走り回る彼をどこにも見つけられなかった。
仕方なく1人で世界樹の森へと足を運んだ。
大きな世界樹は相変わらず美しい。手を当てると神聖な力が流れ込んできてライナの弱った心を癒してくれる。自分が浄化されていく様で気持ちいい。上を見上げると幹の上で2匹の鷹と鷲が森を見守っている。
ライナは木の根元に座り、幹に凭れかかる。足元には小さな紅紫色の花が咲いている。先端に輪生状に纏まった細い花弁を揺らし群生する様は低くたなびく紫雲の様だ。どことは無くその花を眺めていると、雲の上を渡る様に焦茶色のブーツが近付いてきた。端整な顔を微塵も動かさず歩いて来るのはセファだった。彼の予期せぬ出現に驚いたライナは言葉無く見上げた。セファはライナを一瞥すると隣に立ち、世界樹に手を当てた。
「少し疲れたので休憩に来ただけです」
セファはそう言うと静かに目を閉じた。
彼の整った横顔を眺めながら、ライナはあの夢の事を確かめたいと思った。怒られるかもしれない、と緊張しながら恐る恐る声を掛ける。
「……セファ、この森に林檎の木はあるの?」
セファは目を開けてそっとライナを見た。
「ありますよ。でも忘れているのなら場所は教えません」
含みを持ったその物言いにライナは確信する。
ーーやっぱりそうだったんだ。
目を見開き息を呑むライナを見詰め、セファは続けた。
「またあの実を食べたいなんて言わないで下さいね」
その言葉にライナは慌てて首を振る。
ライナはどうしても聞きたい事があった。
「セファは私に力を与えた事、後悔していない?」
彼が自分に力を与えてしまった事で何か苦労をしてきたかもしれない。力とはあって困る事は無いが、無いと不便な事が多い。昔は分からなかっただろうが、今はそ重大さを知ってしまった。そんな大切なものを与えてしまうなんて。ライナの胸ははありがたい気持ちと後ろめたい気持で一杯だ。
「元々、王宮に仕える事を決めた時から不要な力だったんです。何も不自由していません。貴女が心配する事などありません」
そう言うと夢で見たのと同じ様にライナの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「貴女に何かあっては困ります。
ティレットに手が付けられなくなります」
セファは大袈裟に溜め息を吐いた。
ライナは今まで独りで生きて来た様な気がしていた。しかし実際には沢山の人に助けられて来たのかもしれない。過去の記憶は色々な事を教えてくれる。ちゃんと受け止めようと思う。何があったとしても。しっかりと有りの侭を受け入れたい。
「セファ、ありがとう」
ライナは想いを込めて言う。
セファは優しい顔で微笑んだ。




