10
夜が更けてまた宴会が始まった。
今度はハイメを送り出す為の宴会だ。
当のハイメはまたしてもつまらなそうに頬杖を付いてダラダラとしている。
ナディルとライナは食事を軽く済ませると、明日早く出発するからと早々に退席させてもらった。
ハイメもこっそりと宴会を抜け出して自分の部屋に戻ってきた。
硬いベッドに寝転がって思う。
ーーやっぱりここが一番落ち着く
ドヴェルグやグノームは酒が好きで飲み出すと止まらない。それに煩い。日頃真面目に働く分、酒で鬱憤を晴らしているのだろうか。
何れにせよ、働かなければ酒も飲まないハイメには理解の出来ない事だ。
ーー暫くはここに戻って来れないのかなぁ
もしかしたら、もう二度と……そう考えると飽き飽きしたこの暮らしも途轍もなく愛おしくて名残惜しいものに思えてきた。
「ハイメ、入るよ」
ノックと共に小さな扉が開き、ヴィトが入ってくる。ほんのりお酒の匂いがする。
ヴィトはベッドに寝転がるハイメの隣に腰を下ろす。
「お前も大きくなったな」
ハイメを見下ろししみじみと呟く。
「僕成長しないから大きくもならないよ?」
ハイメが不思議そうな顔をして言い返す。
「いや、大きくなったよ。成長したのさ、心が」
そう言って彼女は自分の小さな胸に手を当てる。
「生まれたてのお前は何も知らない赤ん坊みたいなのに、身体だけ大きくて力も強くて言う事を聞きやしない。全く苦労したよ」
「そんなの仕方ないじゃん」
ハイメは口を尖らせる。
「そうだな。でもこんなに大きなってくれて嬉しいよ」
ヴィトは嬉しそうに優しく目を細める。
「もう巣立って行くんだな。
……全く早いもんだ。人間に似せたのが間違いだったかな。外に出た時馴染みやすい様にとおもったんだが。
人間は直ぐに親元を離れて暮らすらしいからな」
しみじみと呟くヴィトをハイメはじっと見入る。ハイメの感じた長い時間はヴィトにとっては短いものだったらしい。
「役目を終えて必ず無事に戻っておいで。
お前はあたし達の大事な家族さ」
ヴィトの暖かな眼差しとその言葉に、ハイメは今まで味わった事のない気持ちが胸の奥に芽生えるのを感じた。
「……僕戻って来てもいいの?」
「ハイメは恐る恐る問い掛ける。
「当たり前だろ!ここはお前の家じゃないか」
ヴィトの力強い言葉にハイメは初めてここが本当の家だと気が付いた。
ーー僕の家、僕の居場所。
ずっと不安に思っていた疎外感が消えていく。深い溝を掘って孤独を守ろうとしていたのは自分だった。傷付かない様に、気付かない様に。
ハイメはヴィトの背中に手を回す。両腕にすっぽりと収まってしまう小さな身体からは、ドクドクと暖かな鼓動が聞こえる。自分は持たない音なのに何故かひどく安心した。
ヴィトは暫くそのままでいたが、ハイメの背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「いつからそんな甘えん坊になったんだい?
ほら、アウルヴァングにも挨拶しておいで」
ハイメがそっと身体を離すとヴィトはにかっと笑う。
「アイツもお前を心配して寂しく1人で呑んでるから」
そう言ってハイメの背中を強く押した。
ハイメはアウルヴァングの部屋の扉を軽くノックする。
「入るよ」
いつもの様に中からの返事を待たず扉を開けた。
アウルヴァングは1人でグラインダーチェアーに座りブレンヴィンを透明なロックグラスで呑んでいる。
「何だ」
アウルヴァングは不機嫌そうな声を出し、赤い顔でハイメを一瞥する。
「僕、明日出て行くからさ」
「明日⁉︎」
目を丸くして自慢の椅子から落ちそうになるアウルヴァングにハイメはうん、と頷く。
「明日か……そうか」
アウルヴァングは怒った表情のまま呟く。ハイメは知っている。彼の怒った顔は本当は怒っていない事を。元々怖い顔なだけで別に怒ってなどいない。口下手で誤解されやすいけど、誰よりも仲間を想う頼れる存在なのだと。不器用で素直じゃないだけ。
「今までお世話になったから、一応お礼」
ありがと、と頭を下げる。
アウルヴァングは感慨深くその様子を見守る。
暫くの沈黙の後、アウルヴァングはそっぽを向く。
「知らん、もう行け」
「え、もう僕行っちゃうのに?それだけ?」
邪魔そうにあしらわれた事にハイメは不満で彼の顔を覗き込む。
覗き込んだその顔は、ハイメの見た事のない顔だった。もじゃもじゃの眉毛をハの字にして、赤い顔のまま目を潤ませ困った様に手元のグラスを見詰めていた。
え、とハイメは驚いた。
「もう行け」
アウルヴァングは目頭を手で押さえ聞いた事のない弱々しい声で言った。
「僕、必ず戻って来るから」
ハイメはアウルヴァングの大きな背中を椅子ごと抱え込んだ。
「アウルヴァングより強くなるから、帰ってきたら勝負しようね」
「儂に勝とうなど百年早いわ」
アウルヴァングは鼻水を啜りながら嬉しそうに言った。
アウルヴァングとヴィト、他数人のドヴェルグやグノーム達が洞窟の入り口まで3人を見送りに来てくれた。剣を鍛えてくれた若いドヴェルグ、細工を施してくれた年老いたグノーム、宝石を磨いてくれた髪の長いグノームもいる。
「ほら、お待ちどうさん」
そう言って若いドヴェルグがナディルとライナに剣を渡す。
「ありがとう」
ナディルは嬉しそうにお礼を述べる。
ライナは受け取った剣を見て、その美しさに感嘆した。細い蔦の様な鍔は細工がなされ、美しい曲線の柄頭の真ん中には宝石が嵌め込まれていた。思わず手に取り鞘から剣を抜いてみる。剣は滑らかに鞘からぬけて、白銀の壮麗な刃が姿を現した。
「きれい」
ライナは思わず声を洩らした。
「そう言って貰えると職人冥利につきるな」
「嬉しいのぉ」
「大切にしろよ」
3人は嬉しそうに言う。
ライナは深く頭を下げてお礼を言った。
「ありがとう。大切に使います」
「お世話になりました」
ナディルも頭を下げて挨拶をする。
「竜妃によろしく伝えてくれ」
「迷惑掛けないようにするんだよ」
アウルヴァングとヴィトが声を掛けると、付いてきたドヴェルグやグノーム達が次々と喋りだす。
「寝てばっかりいるんじゃねぇぞ」
「怠けてたら作った俺たちの名折れだ」
「ちゃんと挨拶するのよ」
「愛想良くしなさい」
「只でさえやる気の無い顔なんだから」
「はぁい」
口々に心配事を話し出す彼らにハイメは面倒くさそうに返事をする。
ライナはふと、洞窟の入口にひっそりと咲く花を見つけた。来た時は暗くて気が付かなかったのだろう。総状の小さな白い花が身を寄せ合って連なっている。
ライナがその花を懐かしい様な悲しい様な表情で見つめていると、見送りに来たグノームの女性が声を掛けた。
「そいつはコールナって言うんだよ。こんな雪深い土地でもちゃんと花を咲かせる。意地らしくて可愛いだろ」
「コールナ……」
ライナはそっと呟いた。
「まるであんた達の門出を祝福してるみたいだねぇ」
グノームはライナの脚をバシッと叩いて力強く笑ってみせた。
洞窟の入口でいつまでも手を振る彼等を後に、3人は朝日に輝く雪深い道を歩いて行く。




