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ナディルとライナが着いたのは海老茶色した木製の壁に囲まれた部屋だった。以前の様に白いローブを着て長い杖を持った術師に囲まれているが、術師は皆背が低かった。
「ようこそいらっしゃいました」
垂れ幕の前でこの協会の聖職者であろう、白に桔梗色の分厚いローブを着た人の良さそうな年老いた男性が出迎えてくれた。その脇には白に露草色の服を纏った中年の優しそうな女性が立っている。
この教会に回廊は無く、垂れ幕の先の扉を開けると直ぐに聖堂と繋がっていた。質素で簡素な造りの教会だ。祭壇は左右に2つあり、創世神と神の子両方を祀っていた。
木造の教会は木の板が張り巡らされていて、まるで樽の中にいるみたいだ。屋根を支える梁や骨組みは船底の造りに似ていて、入口部分や壁、柱に施された彫刻は龍や蛇が蔦の様に絡み合った模様だ。何故かその模様は古い神話の神々の争いを彷彿させる。
塔のように尖った教会の屋根は一面うろこのような板で覆われていて、屋根の両端には立派な龍頭がついている。龍は邪を祓う魔除けなのだと優しげな司教が教えてくれた。
教会を出ると午前中だというのにも関わらず外は薄暗く、一面真っ白の雪に覆われていた。黄昏時にも似た空の色に街は染まり、家々は暖かな灯りを燈している。
街の建物は角度のついた長い屋根を持っていて、身を寄せ合って行儀良く同じ方向を向いている。日が少しでも長く入るように東に向けて建てられている為だ。燕脂や鬱金、群青の壁が雪に映える。
外を歩く者は疎らで、皆、毛皮や綿の入った分厚いコートを纏い、フードを深く被り俯き加減で歩いている。
吹き付ける風の肌を刺す様な寒さに、思わず身を縮める。
「相変わらず寒いなぁ」
ナディルは身を震わせる。声と一緒に吐き出される息は当然のごとく白い。
ナディルとライナは急いで外套を羽織った。
あの後、ナディルは黒とグレーのグラデーションの美しい北貂のロングコート、ライナは白藍色に染め分けられ模様が描かれた白い兎鼠のポンチョコートを半ば強引に持たされた。
今はあの時貰っておいて本当によかったと思うばかりだ。
教会の斜向かいに服や雑貨を売る店がある。
観光が盛んではないこの街には店が少ない。旅人にとっては貴重な店の1つだ。
ナディルとライナは急ぎ足で道を渡ると、店の中へ駆け込んだ。
店の中は暖かく、燕脂の壁が可愛らしい。素朴な木の棚には、ふくよかな毛糸で雪の結晶やモミの木、角鹿の模様が編み込まれた厚手のニットや、内側に毛皮を用いた手袋、毛皮で出来た帽子等が並んでいる。落ち着いた紫紺や紺青、鬱金の深い色合いが多い。
ライナは白に紺青の雪の模様の編まれたチュニックワンピースに濃紺のニットレギンス、膝まであるモコモコの毛皮のブーツと手袋を纏う。
ナディルは襟元にだけ紺の幾何学模様の入ったグレーのニットに濃紺の細身のコーデュロイのパンツ、ライナと同じ様な膝下まである毛皮のブーツ、毛皮の帽子姿だ。
流石にこの地で作られた服は暖かい。これで外に出ても凍える事は無いと安心する。
2人はここから更に北にあるチャオヤン山の洞窟を目指さなければならなかった。チャオヤン山はノルシーの街から半日程歩かなければならない。
洞窟にはドヴェルグと呼ばれる闇の妖精とグノームと呼ばれる土の妖精が住んでいる。彼らは日光に弱い為、殆ど外へは出て来ないが、優れた鍛治匠や金属細工師として知られている。
彼らは洞窟の奥でひっそりと財宝と共に宝珠を守っている。しかし他の種族を快く思っておらず、非社交的だ。彼らを恐れて洞窟を訪れる者は限られた商人達だけだった。
ナディルは以前、竜妃の使いとして洞窟を訪れていた。 排他的な彼らと親睦を深める為、酒豪で知られる彼らの好む酒や極上の肴を用意して足繁く通った。時には腕に覚えのあるドヴェルグと掛け試合もした。その努力と交渉力のお陰でナディルは洞窟を訪れる事を許された貴重な人間になっていた。
しかし彼らの余り良い噂を聞かないライナは気が気ではなかった。今回もまたナディルの後ろから付いていくしかない不甲斐無さを感じながら、初めて見るドヴェルグとグノームの想像を膨らませた。




