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王宮の生活は至れり尽くせりだった。
与えられた部屋には、3人は寝られる天蓋の付いた大きくてふわふわのベッドが置かれている。上質なジャガードのソファに黒檀の机、全身映してもまだ余る大きく豪華な鏡、美しいタイル張りの浴室。そして専属の侍女まで付いていた。
彼女が着替えの用意からベッドメイキング、部屋の掃除、お茶の準備、何でもやってくれる。
慣れないライナは3日目にして疲弊してしまった。
竜妃とセファは流石に忙しい様で姿を見かけない。しかし午後のお茶の時間は子午線の間か貴人の間(ティレットが最初にライナを連れて入ったが誰もいなかった部屋)で、ティレットとお茶を飲むのが日課の様だ。
「王都を見てみたい?」
閑散とした長い机でライナはナディルと2人で食事を取っていた。広すぎる部屋にカチャカチャと食器の音が響き渡る。机には白や薄紅色の美しい花が飾られているがこの部屋の寂しさを隠しきれないでいる。侍女や執事が当然の如く壁際で静かに待機しているのにもここ数日で少しは慣れたが、やはりどこか落ち着かない。
王宮は何でもある。まるで博物館の様で見飽きる事が無いし、書庫も大きな図書館の様だ。しかし何処も堅苦しくて息苦しい。
「いいの?」
「勿論」
王宮の外にも出てみたいと思っていた頃なので、ライナは嬉しくなった。
ナディルもライナの様子に笑顔で答える。
「そうだ、ライナは暑い所と寒い所、どっちが好き?」
ナディルの突然の質問に意図は良く分からなかったが、暑いのが苦手なライナはすぐに答えた。
「寒い所」
「そっか、寒い所だね」
うんうん、と頷きながらナディルは食事を続ける。
「旅の為の準備もしなくちゃいけないから、午後から出かけよう」
そう言ってナディルはにっこりと微笑んだ。
王都は活気があって華やかで人が多い。
王宮から続く大通りは右も左も人で溢れかえっている。はぐれない様に気を付けて、とナディルはさり気無くライナを庇いながら歩く。
大通りを左に逸れると人は少しだけ疎らになった。その通りには魔導書店、武器屋、甲冑屋、雑貨屋が軒を連ねていた。大きなショーウィンドウと軒先に吊り下げられた意匠の凝らされた看板が目を引く。
「ライナは精霊魔法が使えるって言っても武器くらいは持っていた方がいいよ。何か扱える?」
「……剣」
あまり得意では無かったが、以前剣士から手解きを受けた事がある、唯一扱える武器だ。
ナディルは迷わず通りの角にある、剣が沢山飾られている小さな店へと入っていった。
「いらっしゃい」
野太い声の逞しい体つきの店主が迎える。剥き出しの腕には竜の入れ墨が施されている。
ナディルはこんにちは、と挨拶して店の奥へと進む。
狭い店内にはありとあらゆる剣が売られていた。ダガーやマンゴーシュ等の短剣は所狭しと棚に並び、グラディウスやクレイモアは隙間なく壁に掛けられている。中には見た事の無い、刀身が湾曲した物や細かく装飾が施された物、ライナの身長より遥かに大きい物もあった。
「何がいいかな……短剣の方が扱いやすいけど、レイピアみたいに軽い剣の方がいいかな?」
ナディルはぐるりと店内を見回す。
「短いので良い」
どうせろくに扱えないのだから、御信用として持っているだけだろう。それならなるべく邪魔にならない小さい物で良かった。
手に馴染む使い易い物が良いから、と何種類もの短剣を持たされて、結局小振りのカッツバルゲルを買う事にした。やや広めの刀身で何より軽い。細い鍔にシンプルな葡萄色の柄の物だ。
ナディルはその短剣と剣を提げる為の革のベルトを店の主人に渡し、ヴィリジアンの手帳を見せる。
「支払いは竜妃様にしてもらおう。仕事に必要なものだからね」
そう言って片目を閉じて悪戯そうな笑顔を作って見せた。
あの手帳を見せるとその場でお金を払わなくて良く、支払いは王宮へ請求されるのだと店を出た後ナディルが教えてくれた。
「王都でしかできないけどね。ライナも作ってもらおう。身分証明が無いと何かと面倒だし」
また幾つか道を曲がると、今度は薬草やハーブや香辛料、花を売る店が立ち並ぶ通りに出た。あちらこちらから漂う独特な匂いが鼻を掠める。
ナディルは通りの一角に店を構える薬草屋に入って白衣を着た店の調剤師と話を始めた。調剤師は褐色の肌に尖った耳をしていた。王都には本当に色々な人がいる。
店内には乾燥した草や花の束が吊り下げられていて、棚には液体や植物の種、花弁、木の実等が入った硝子の瓶が並ぶ。見た事の無い植物にライナは釘付けになる。
ナディルは毒消しや傷薬等足りなくなっていた薬を幾つか買った。
どの店も見た事の無い物で溢れ返っている。とても刺激的だ。ライナは知らない事が多すぎる。改めて自分の世界の小ささを思い知る。




