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ライナは森に来ていた。ティレットと出会った世界樹の森だ。
あの生命に溢れた美しい木は世界樹だったのだ。上を見上げると優雅に腕を伸ばす木の端に、大きな鷹と鷲に似た鳥がとまってライナを見下ろしている。
――こんなに懐かしいと思ったのは私がここに居たから
ライナは安堵した気持ちに包まれた。記憶は何も取り戻していないけれど、自分はちゃんとここに居た。その事実は自分という存在を肯定してくれるみたいに思えた。
世界樹の長々と続く木の根を追っていくと3つの泉があった。その泉の1つの麓にせり出した太い根に2人は腰かけた。細長い花びらを携えた白い花が泉を囲むように咲いている。
「ティレット、私はほんとにここに居たの?」
ちゃんとした言葉が欲しくてライナはティレットに尋ねる。
「当たり前じゃない! ライナはここに私と居たんだよ。わかってるでしょ?」
彼女はにっこりと微笑んでライナを見る。
「小さい頃のライナ、かわいかったなぁ」
ティレットは両手を頬に当てて青い空を仰ぎ見て言う。
「小さい頃の私?」
「そう、小さいライナ。今もとってもかわいいけどね」
恥ずかしげも無く放たれるティレットの言葉にライナは赤くなって思わず顔を背ける。愛想が無いとは言われた事はあっても、かわいいなんて言われた事が無かった。
「ライナって本当は泣き虫なくせに何でも我慢するし、大きな声で笑ったり怒ったりできない位優しくて傷付きやすくて、私が居ないとダメなの」
ティレットは瞳を閉じて瞼の奥に思い出を映し出す。そして歌う様に愛らしい声で嬉しそうに続ける。
「涙が溢れない様に我慢しながら泣くライナも、はにかんで頰っぺたをピンクに染めて笑うライナも本当にかわいい」
ライナは何だか恥ずかしくなって話題を逸そうと考えを巡らす。覚えていない自分の事を他人に語られるのは何だかむず痒い。
「ねぇティレット、そういえば私、教会の中庭に居たはずなんだけど」
なぜここに来てしまったのだろうとずっと不思議に思っていた。
ティレットはまん丸な瞳を開けてぼんやりとする。そしてゆっくりと呼吸をする様に答えた。
「この森は世界中のあらゆる森に繋がっているんだよ」
「だから私が呼べば、ライナが望めば、どこの森にでも行けるよ。
……私はこの森からは出られないけど」
空を覆い隠す様に幹を張り巡らせている木を見上げて彼女は呟く。
「出られないの?」
「うん。私はこの森の管理者だからね。
王宮は森に囲まれているから入れるけどそれ以上外には行けないの」
「そっか……」
ライナは彼女の心の内を慮った。この森は相当広いだろうし、とても美しく綺麗だ。空気は澄み、暖かな光が差し、鮮やかな花が咲き乱れる。穏やかな鳥や獣が巣食い、妖精が住む。しかしここ以外にはどこにも行けない。それが彼女の運命。彼女を知って、自分の自由さに改めて気づく。
「ねぇ、ライナの住んでいた所には森はあった?」
彼女はそんな事は気にする様子も無くライナに話しかける。
ライナは村の近くの林を思い浮かべた。林の中の湖は美しかったが、今は銀髪の人の事を話す気にはなれなかった。突然降りかかった自分の重すぎる運命にたじろぐ。
そんなライナを見てティレットは優しくライナに微笑みかける。
「大丈夫。ライナがどんな所で育って、誰と知り合いでも、私はライナの事嫌いになったりしない。絶対。
ライナはどんなライナでも私の大切なライナだもの。」
真っ青の澄み渡った空の様な瞳がライナをじっと見つめる。細やかなベビーブロンドに薄紅色の頬の咲き誇る花の様に美しい少女。彼女は何時だってライナの味方だ。彼女の甘美な言葉は何の抵抗も無くライナの中に入ってくる。水が大地に染み込む様に、欠けたピースがぴったりとはまる様に、何故かそれだけは確信が持てる。
「私の住んでいた場所は……」
ライナは重い口をそっと開けて秘密を打ち明ける様に彼女に囁いた。




