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ナディルは子午線の間を出た後、王室の書庫に赴いた。
「書庫にエッダの写しがある。読んでも良いぞ。余が許可をする。民間伝承の神話や創世の話より詳しく書かれておる。特に神話の神々の黄昏は一般に公開はされておらぬからな」
そう竜妃に告げられたからだ。
何度か足を運んだ事がある場所だが、なんど訪れても圧巻する。
四方の壁は高く天井まで全て本で埋め尽くされている。飾りの付けられた本棚は1つ1つが高く、梯子が掛けられている。前後の螺旋階段は、2階にあたるせり出した廊下へと続いている。
広い部屋には偉人の石造や大きな天球儀が置かれている。
上を見上げると天井はドーム型になっていて空を舞う御使い達のフレスコ画に彩られている。天井にあけられた4つの小さな丸い窓から淡い光が差し込む。
何年かかっても読み切れない様な膨大な量の図書達に囲まれて、奥の大げさな鍵の付いた扉の前まで行く。
扉の横には木製の小さなカウンターがあり、臙脂のローブを着たこの書庫の司書である老人が座っている。彼はナディルを見ると、窺っておりますと小さく言い、ゆっくりと重い腰を上げた。彼は扉の前に来て、大きな鍵に腕を翳すと鍵はガチャリと音と立てて開いた。
部屋の中に足を踏み入れると古い紙とインクの匂いが満ちていて、どこか懐かしさを感じる。部屋は思いの外小さく、簡素な本棚で埋め尽くされていた。
「こちらでお待ち下さい」
彼は入口近くの机にナディルを促して、本棚の奥へと消えて行った。
ナディルは言われた通りそこで待つ。実用性を重視した木製の簡素な机と椅子だった。
暫くして司書が古めかしい2冊の本を持って現れた。
「終わられたら声を掛けてください」
そう言って本をそっと机に置くと、部屋の外へと出て行った。
ナディルは椅子に座り、恭しく本を手に取った。
エッダの写しは旧エッダと新エッダと名を冠して2冊あった。
写しと言っても相当年代の古い物の様で、赤茶色の煤けた表紙に描かれた金色の文字は消えかかっている。ナディルは表紙をそっと開ける。皺がついて日焼けした紙を1枚ずつ丁寧に捲る。本の中身の左半分は爪で引掻いた傷の様な文字が書かれている。竜の使う言語だ。反対の右半分には対訳として古い言葉使いの文字が書かれている。そして所々ページの下側に小さく挿絵が描かれていた。
旧エッダは神話が大きく7つの章に分けられている。
処世術や精神論が書かれた高き者の訓言
星の誕生、神々の誕生の謳われた知識者の歌
神々の生活、繁栄が輝かしい仮面を被る者の歌
英雄達の物語である輝く者の旅
世界の揺るぎとなる閉ざす者の口論
終焉の準備が為される完全な賢者の言葉
そして世界の終焉を詠った巫女の予言
最初の6つは民間伝承の神話と大して変わらないものだった。
最後の巫女の予言は先程竜妃に聞いた話がより克明に書かれていた。激しい戦いの後次々と息絶える神々と最後に残る小さな希望――そういった内容だ。
もう1冊の新エッダは旧エッダより比較的新しい物の様だ。
中にはこの星の創世神話と建国の際や戦争の前後に賜ったとされる短い御言葉が幾つか記されていた。この星を統べる者の最期や大きな戦いの始まり、小さな国の滅亡や聖女の出現等を暗示する言葉が連なっている。旧エッダとは違い、より具体的で個人的な予言だ。
ナディルは本をそっと閉じ、顔を上げる。
本棚の奥の壁には古い地図が飾られている。飴色の紙には7色の色で仕切られた大陸が並ぶ。
昔この星には9つの世界に分かれていたと言われていた。
神の国アースガルズ
神の子の国ヴァナヘイムル
精霊の住むアルフヘイム
精霊と妖精の住むスヴァルトアールブヘイム
妖精の住むニダヴェリール
人間の住むミズガルズ
獣人の住むヨトゥンヘイム
地図には記されない死者の国ムスペルヘイムとニヴルヘイム
旧エッダに出てきた世界の名前と一致する。
今も死者の国の2つの名以外は7つの大陸に受け継がれている。
勿論今はどの大陸も精霊、妖精、人間、獣人が入り乱れて暮らしている。
ここ王都は、一番大きいアースガルズと呼ばれる大陸に位置する。厄災の国と呼ばれている東の大陸ヨトゥムンヘイムと、西の端にある精霊の恩恵を受ける大陸ニダヴェリールはアースガルズの同盟国であるが、他の大陸は全てアースガルズに属している。改めて竜妃の力の大きさが窺える。
7つの大陸に納められた7つの宝珠。
ナディルはライナを探しながら竜妃の命で宝珠の在処も探していた。古い地図や土地の伝承を辿って5つの宝珠の場所は確認できていた。
この世界は本当に神々の黄昏を迎えるのであろうか。今はまだ全然信じられないでいる。




