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暫くゆるりとしていけ、とナディルとライナに竜妃は言った。
その言葉にセファは静かに立ち上がり部屋を出て行った。侍女に2人の部屋の準備をさせる為だろう。
「ライナ、行こう」
ティレットの言葉にライナはナディルをちらりと見る。ナディルはにっこりと微笑んで、行っておいで、と促す。2人はセファが出て行ったのとは逆側の庭へと続く扉から外へ出て行った。
2人が出て行った後、竜妃とナディルだけが残った。
部屋は一層静まり返り、しかし穏やかな空気に包まれる。竜妃は公式の場では尊大で威厳のある空気を放っているが、この様に私的な空間ではどこか儚げで柔らかい。
竜妃が持っていたティーカップをそっと卓に置いたのを見て、ナディルは口を開いた。
「ライナは創世神が連れて行ったのですね」
いくら探しても見つからないはずだ、と情けなさそうに苦笑する。どうしようもなかったのかもしれないが、守れなかった自分の力の無さを不甲斐無く思う。
「そしてここに居たんですね……」
そう言うとどこを見るでも無く目を伏せた。
ライナはナディルに会ってから自分の事は何も言わなかった。言えなかったんだろう。自分の記憶が無かったから。そして何も聞かなかった。気持ちの整理ができていないのもあっただろうが、きっと自分の事を聞いて欲しくなかったからだ。彼女にとって世界は戸惑う事ばかりだろう。そして自分はまだ何の支えにもなってやれていない事に気が付く。
焦らず、長い目で見てやらなければ。彼女が話し出すのを待ってやらなければ。分かってはいるが、頼りにされていない事に胸を締め付けられる思いがした。
悲しげに微笑むナディルを竜妃の濁りの無い真っ直ぐな瞳が見詰める。
「しかしそなたが余の元に参った時にはもうライナはいなかったぞ」
「そうですか」
例えナディルがもっと早く王宮に来てライナを見付けたとしても、彼には彼女を神の子から守ってやる事などできるはずがなかった。それでも竜妃はナディルを慰めるかの様に言った。
「我らの思惑に巻き込んでしまったな。すまぬ」
竜妃は遠い未来を見詰めて言った。
「いいえ、とんでもありません。最初から足を踏み込んだのは私です」
ライナを探しに出たのも、王宮へ来たのも、竜妃と取引きをしたのも全てナディル自身だ。
強い想いが宿る瞳に竜妃は力を貸してやりたかった。懺悔の気持ちも込めて言う。
「ナディル手を出せ」
「まだ大丈夫です」
竜妃の厚意をナディルは笑顔で断った。
「念の為じゃ」
そう言い手を伸ばす竜妃に、ナディルは諦めて左手の手袋を取る。彼の手の甲には黒い星の模様が描かれていた。ナディルは少し体を乗り出してその手を差し出す。
竜妃はその模様の上にそっと手を当てる。
ナディルはこの時間が好きだった。
彼女の暖かい力がナディルの中に流れ込む。彼の中の紛い物の力が抑えられる。
これは彼と竜妃の密やかなる契約だった。
「あの子の力になってやってほしい」
一度は手放した重過ぎる運命を憂い、竜妃はそっと願う様に呟いた。




